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トピックス・法律情報

民事執行法の改正 〜第三者からの債務者財産情報の取得について〜

2020/03/24

(執筆者:弁護士 八木康友)
【Q,】
 民事執行法が改正され、その中で債務者財産の開示制度が大きく変わると聞きました。そもそも、現行の制度がどのようなもので、それがどのように変わるのか、それが企業実務へどのような影響を与えるのかについて教えてください。
【A,】

1 はじめに
 支払いを命じる勝訴判決が出たにもかかわらず、債務者が売掛金等を支払ってくれない場合、強制執行手続により債務者の財産を差し押さえなければ、債権を回収することはできません。そして、債務者の財産を差し押さえるためには、まずは対象となる債務者の財産を調べなければなりません。
 そこで登場するのが債務者財産の開示制度です。現行の制度としては、債権者の申し立てにより、裁判所が債務者を法廷に呼び出し、債務者の保有する財産について陳述させるという財産開示手続が設けられています(民事執行法196条以下)。しかし、債務者の不出頭や虚偽供述に対する制裁規定が不十分であったこともあり、実効的な手続とはいえない側面がありました。そこで、原則として令和2年4月1日から施行される*1新民事執行法において、債務者以外の第三者からの情報取得手続の新設等がなされることになりました*2。
*1 登記所から債務者の不動産に関する情報を取得する手続については、令和元年5月17日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日までの間は運用されないとされています。
*2 この他にも、財産開示制度の罰則を強化しその実効性を高める改正や、申立権者を拡大して同制度を利用しやすくする改正もなされています。
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2 債務者以外の第三者からの情報取得手続の概要
 新設される債務者以外の第三者からの情報取得手続は、債務名義(確定判決、訴訟上の和解等)を有する債権者の申立てにより、裁判所が�@預貯金等については銀行等に対し、�A不動産については登記所に対し、�B勤務先については市町村等に対し必要な情報の提供を命じ、それらの者が裁判所に対して書面で回答するという手続きです(新民事執行法205条〜207条)。ただし、勤務先に関する情報取得手続については、他の情報取得手続とは異なり、その申立債権者が養育費等や生命・身体の侵害による損害賠償の債権者に限定されています。
 なお、不動産と勤務先に関する情報取得手続については、それに先立って、強制執行の不奏功等を要件とする債務者の財産開示手続を実施する必要がありますが、預貯金等に関する情報取得手続については、強制執行の不奏功等の要件が充足されることで足り、債務者の財産開示手続を実施することまでは必要とされていません。
 
3 債務者以外の第三者からの情報取得手続の新設による影響と留意点
 債務者以外の第三者からの情報取得手続の新設は、債権者に対して、裁判所の命令により債務者以外の者から債務者財産に関する情報提供を受けるという手段を与えるものです。そのため、従来債務者によって隠匿され、かつ第三者により回答拒絶され、差し押さえをすることができなかった債務者財産に対しても、差し押さえをすることができる可能性を高めるものといえます。
 また、債務者以外の第三者からの情報取得手続によって得られた債務者の財産に関する情報については、債務者に対する債権をその本旨に従って行使する目的以外の利用のために利用し、又は提供してはならず(新民事執行法210条)、それに違反した場合には30万円以下の過料を支払わなければなりません(新民事執行法214条)。基本的に債務者に対する債権回収のための利用は許されますが、債務者に対する新規融資の可否を決する目的や新たな担保を取得する目的等による利用は許されない可能性が高いので、そのような点に注意しながら取得した情報を企業内で適正に管理する必要があります。
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4 最後に
 以上のように、今回の民事執行法の改正によって、債務者財産の開示制度が大幅に拡充されましたが、実際に債務者財産の開示が実効的に行われるかについては、施行後の利用状況について注視しておく必要があります。
 債務者財産の調査方法には、ほかにも弁護士会照会制度の利用による方法等もありますから、債務者財産の調査にお悩みの方は弁護士等の専門家にご相談いただくことをご検討ください。

Q&A改正個人情報保護法

2020/03/16

令和2年( 2020 年) 3月 10 日に閣議決定され国会に提出された「_個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律案_」 が同年6月5日に国会で成立いたしました(同年6月12日に公布されました(令和2年法律第44号))。

これに伴い、「改正個人情報保護法Q&A(法案成立改訂版)」を作成いたしましたのでご覧ください(令和2年6月12日に公布されたことに伴い微修正いたしました。

Q&A改正個人情報保護法(改正法成立)(クリーン)
Q&A改正個人情報保護法(改正法成立)(修正履歴)

令和2年( 2020 年) 3月 10 日、「 個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律案_」 が閣議決定され、 国会 に提出されました 。

※個人情報保護委員会の「「個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律案」の閣議決定について」において、法律案、新旧対照表、概要資料等が公表されています。

下記の本ニュースレターでは、改正個人情報保護法の重要論点についてQ&A形式で解説いたします。

3月19日時点での改訂版を掲載いたします。
Q&A改正個人情報保護法(2020年3月19日改訂版)

執筆者:渡邉雅之

本ニュースレターに関するご相談などがありましたら、下記にご連絡ください。

弁護士法人三宅法律事務所

弁護士渡邉雅之

TEL 03

5288 1021

FAX 03

5288 1025

Email

m watanabe@miyake.gr.jp

Q&A 情報銀行

2020/02/20

本ニュースレターは、いわゆる「情報銀行」についてQ&A形式で解説するものです。
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Q&A情報銀行

執筆者:渡邉雅之
* 本ニュースレターに関するご相談などがありましたら、下記にご連絡ください。
弁護士法人三宅法律事務所
弁護士渡邉雅之
TEL 03-5288-1021
FAX 03-5288-1025
Email_m-watanabe@miyake.gr.jp

出張における労務管理の注意点

2020/02/14

(執筆者:弁護士 深津雅央)
【Q.】
 出張した従業員が所定労働時間内に取引先との打ち合わせを終えましたが、出張先が遠方であったため、戻りの新幹線の移動中に所定労働時間外となりました。こうした移動時間については、残業代を支払わなくてもよいのでしょうか。
 また、出張が多い営業職等には「事業場外労働のみなし制」という制度があると聞きました。この制度はどのような場合に適用できるのでしょうか。
【A.】

1.移動時間の賃金支払義務
 移動時間に賃金の支払義務が生じるか否かは具体的な事案によりますが、特定の用務を行わない移動時間については賃金の支払義務を負わないとする考え方が一般的です。しかし、出張の事前準備や事後報告の作成等に移動時間を費やしている場合などは賃金の支払義務が生じ、それが所定労働時間外であれば時間外手当の支払義務を負うと考えられます。以下に詳しく説明します。

<労働時間とは>
 賃金や休憩等の支給・付与にあたっての基礎となる「労働時間」とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」とされており、実務上は、具体的な指揮命令がない場合であっても、職務遂行またはこれと同視し得る状況の存在、使用者の明示または黙示の指示の有無、といった観点から判断されます。

<過去の裁判例や通達>
 過去には、出張の全過程における時間のうち、実際に得意先で商談に要した時間が労働時間であり、得意先への往復に要した時間は日常の出勤に費やす時間と同一の性質であるとして「労働時間ではない」とした裁判例があります。また、移動時間中に物品の監視等の特定の用務を使用者から命じられている場合のほかは労働時間ではないとの解釈を示す通達も存在します。
 したがって、一般的には、特定の用務を行わない移動時間については賃金の支払義務を負わない、と考えられます。

<移動時間が労働時間に該当する場合>
 一方で、移動時間は、その従事する職務に当然付随する職務として労働時間であるとした裁判例もあります。また、上記で挙げた裁判例はいずれも昭和や平成初期のものであり、パソコン、スマートフォン等のモバイル端末での仕事が当たり前となった現代においては、移動中であっても絶えずメールチェックや資料作成に追われている、といった状況も少なくありません。このように、使用者から義務づけられ、または事実上業務遂行を余儀なくされている場合には、その時間も労働時間に該当し、賃金の支払義務を負うものと考えられます。

_2.事業場外労働のみなし制
 「事業場外労働のみなし制」とは、労働者が事業場外で業務に従事し、かつ、労働時間を算定し難い場合に、所定労働時間等一定の時間労働したものとみなすことができる制度です。
 しかし、「労働時間を算定し難い場合」との要件は厳格であり、業務遂行に関する従業員の裁量、会社の指示や管理・報告の有無といった使用者側の管理等の程度によって、適用の可否が異なります。そのため、制度の導入にあたっては慎重な検討が必要です。以下に詳しく説明します。

<制度の要件>
 この制度は、単に事業場外で業務に従事したことのみならず、「労働時間を算定し難い場合」にのみ適用されるものです。したがって、�@事業場外労働に管理職が同行している場合、�A携帯電話等で随時使用者の指示を受けて指示通りに業務に従事し帰社する場合、�B訪問先・帰社時刻等の具体的指示を受けて指示通りに業務に従事し帰社する場合、等、事業場外労働であっても使用者の具体的指揮監督が及んでいると認められる場合には労働時間の算定が可能であり、この制度の適用は認められないとされています。
 そして、かかる要件該当性の有無は客観的に定められるものであり、労働者との合意(例えば労使協定の締結等)により適用が可能となるものではありません。

<裁判で争われたケース>
 過去の裁判例として、単独で直行直帰する出張業務について、出張先では労働者自身の判断で業務遂行し、業務内容を具体的に報告させているわけでもない等の事情から、本制度の適用が認められたものがあります。一方で、営業本部長の外回り営業について、訪問先や帰社予定時刻等を報告し、営業活動中も携帯電話等で状況を報告していたこと等から労働時間を算定し難いとはいえないとされたもの、旅行ツアーの添乗員について、ツアーの行程により業務内容が具体的に指示され、日報により業務遂行の状況を詳細に報告することが求められていたこと等から労働時間を算定し難いとはいえないとされたものがあります。
 事業場外労働のみなし制は、従業員の労働時間を一律のものとみなすことができるという管理上のメリットがありますが、その適用の可否は難しく、制度設計や運用を誤れば、思わぬ紛争や割増賃金等の支払義務を負うことになりかねません。専門家にご相談のうえ、適格な制度設計・運用を意識する必要があります。

オンラインで完結する新たな本人確認方法と非対面取引の本人確認の厳格化

2020/02/05

以前投稿いたしましたニュースにつきまして訂正いたしましたので、再掲いたします。

オンラインで完結する新たな本人確認方法と非対面取引の本人確認の厳格化(訂正版)

※ご指摘を受け、45頁の「4.法人の本人特定事項の確認の不要化」について訂正させていただきます。(令和2年2月5日現在)

(訂正前)
4.法人の本人特定事項の確認の不要化
現行規則では、法人顧客の非対面取引については、当該法人顧客及び代表者等(取引担当者)の両方の本人特定事項の確認が必要ですが、再改正規則により、非対面取引において代表者等(取引担当者)の本人特定事項の確認(本人確認書類の送付及び取引関係書類の転送不要郵便等による送付)だけで足りることになります。

(訂正後)
4.代表者等の本人特定事項の確認方法の緩和
再改正規則12条2項は、当該法人顧客及び代表者等の両方の本人特定事項の確認が必要であることを前提として、(再改正規則では転送不要郵便を送付する確認方法が厳格化されたことに伴い)代表者等の本人特定事項の確認方法を緩和したものです。

(理由)
1 再改正規則12条の題名は「代表者等の本人特定事項の確認方法」とあること
2 再改正規則12条2項に定められる代表者等の本人特定事項の確認方法(1つの本人確認書類の写しの送付)は再改正規則6条1項1号リに定められる厳格化された確認方法(2以上の本人確認書類の写し・本人確認書類の写し及び補完書類の原本/写しの送付。再改正規則12条1項により代表者等に準用)より緩やかなものであること
3 再改正規則12条2項の「法第4条1項…又は第4項…の規定による確認」は、再改正規則12条1項の「法第4条…第1項の規定又は同条第4項…の規定による代表者等の本人特定事項の確認の方法」を指していると解し得ること
4 パブリックコメントNo.153において、再改正規則12条2項を設けた趣旨について「法人の取引担当者(代表者等)と顧客等に当たる法人の両方の本人特定事項の確認が行われることとなり」と記載されていること

個人情報保護法の改正関連の情報

2020/02/04

Q&A個人情報保護法改正の方向性(制度改正大綱を読み解く)

(制度改正大綱)
個人情報保護法 いわゆる3年ごと見直し 制度改正大綱

(ニュースレター形式)
個人情報保護法の改正の方向性(3年ごと見直しの制度改正大綱) 〜第1回「端末識別子等の取扱い」〜
_個人情報保護法改正の方向性(第2回:仮名化情報)
個人情報保護法改正の方向性(第3回:開示請求・利用停止請求等)
個人情報保護法の改正の方向性(3年ごと見直しの制度改正大綱) 〜第4回「漏えい等報告及び本人通知の義務化」〜
個人情報保護法改正の方向性(第5回:適正な利用義務の明確化)
個人情報保護法改正の方向性(第6回:オプトアウト制度の強化)
個人情報保護法改正の方向性(第7回:ペナルティの強化・課徴金制度の導入見送り)
個人情報保護法改正の方向性(第8回:公益目的による個人情報の取扱いに係る例外規定の運用の明確化)
個人情報保護法改正の方向性(第9回:域外適用と越境データ移転に関する改正の方向性)
(その他)
個人情報保護法ニュースNo.1:リクナビ事件と個人情報保護法の改正
個人情報保護法ニュースNo.2:個人情報保護法改正の方向性(第1回:端末識別子等の取扱い)
_(関連ニュースレター)
Q&A『デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方』

事業承継における株式の問題

2019/11/12

(執筆者:弁護士 平山 照)
【Q.】
先代社長から株式を引き継いで、長年にわたって会社を経営してきましたが、高齢のため、取引先に株式を譲渡して経営を引き継いでもらうことを考えています。どのようなことに留意すればよいでしょうか。
【A.】

1.はじめに
経営者の高齢化が進む多くの中小企業にとって、親族、会社の従業員、外部の第三者等の後継者候補に対して、経営を円滑に引き継ぐことは重要な課題といえます。平成30年に経営承継円滑化法施行規則が改正され、新たに10年間の税制優遇の特例措置が設けられるなど、中小企業の事業承継を後押しする環境は整いつつあります。
中小企業の事業承継のスキームとしては、株式譲渡による方法が多く用いられますが、その際には、後継者となる買主に株式を確実に譲渡し、会社の支配権を確保させることが必要です。株式の確実な移転は、特に外部の第三者への譲渡において買主側から強く求められるところであり、親族への事業承継においても、将来、親族間で株式の帰属等が争われる事態を避けるために重要となります。今回は、このような観点から、事業承継において生じる株式に関する問題についてご説明します。
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2.株主の確認
株式譲渡による事業承継を検討する上で、まずは、誰が会社の現在の株主であるかを確認することが必要です。会社が現在の株主として認識している者が、法律上も株主であるとは限りません。株主名簿が作成されていなかったり、作成されていても株主の異動が正確に反映されていなかったりすることも多いため、設立時の原始定款やその後の株式譲渡に関する書類などの過去の資料を収集し、設立時以来の株主の変遷について可能な限り明らかにすることが肝要です。その過程で、例えば、次の3及び4に述べるような問題点が明らかになることがあります。

3.株券交付・譲渡承認決議を欠く譲渡への対応
株券発行会社(株券を発行する旨の定款の定めがある会社)では、株式譲渡契約を結んでも、株券の交付がなければ株式の譲渡は有効になりませんが、中小企業では、過去の譲渡において株券の交付を欠いているというケースが多く見られます。株券発行会社であっても、株券を一度も発行したことがないという会社も珍しくありません。
また、中小企業では、通常、定款で株式の譲渡制限が付されていますが、過去の株式譲渡において、譲渡承認決議を経ていないことも少なくありません。
以上のような問題が発見された場合の対応としては、過去の株主から確認書を取得するなどにより、過去の株式譲渡について改めて株券交付を伴う譲渡をやり直し、譲渡承認決議を経るという方法が、後に株式の帰属が争われることを防ぐための最も確実な方法です。もっとも、このような方法は、過去の株主と連絡がつかない場合や、すでに株主が亡くなって多くの相続人がいる場合などには現実的でないこともあります。その場合、事業承継後に問題が生じた際の売主の損害賠償責任などを、株式譲渡契約書に定めることで対応するということもありますが、買主の方針によっては、株式の確実な承継に不安があることを理由に、事業承継が破談になってしまうこともあり得ます。
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4.名義株への対応
会社設立時に、知人から名義を借りて株主になってもらったまま、その後もその者が株主名簿等で株主として記載されている、というような事例が散見されます。このような株式を「名義株」であるとして、名義人が株主ではないと評価できるかについては、諸要素を考慮した法的な判断が必要となります。「名義株」と断定できないような場合には、名義人から自己が株主でない旨の確認書を取得することなどを検討します。
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5.最後に
以上のように、株式譲渡による事業承継においては、株式の帰属等に関する問題が円滑な事業譲渡の妨げとなることがあります。十分な準備期間を設けて、問題を一つ一つ解決していくことが肝心です。事業承継を進める上では、そのほかにも様々な法的問題に出合うことがあると思いますので、必要に応じて弁護士などの専門家に相談することをご検討ください。

休職中の従業員の復職可否について

2019/11/12

(執筆者:弁護士 植村友貴)
【Q.】
当社には、メンタルヘルスの不調で休職中の従業員がいますが、まもなく休職期間が満了する予定です。当社の就業規則には、休職期間満了時に治癒(休職事由の消滅)している場合には復職させ、治癒していない場合には自動退職となる旨の規定がありますが、従業員を復職させるか否かは、どのように判断すればよいでしょうか。
【A.】

1.私傷病休職制度について
私傷病休職制度とは、業務に起因しない傷害や疾病によって業務の遂行が困難になった場合に、労働契約関係を維持しつつ、労働者の就労を一時的に免除または禁止する制度です。私傷病休職制度は、法律上その採用を義務付けられているものではなく、休職期間や賃金支給の有無等の条件は各会社によって様々ですが、ご質問にあるような「休職期間満了時に治癒している場合には復職させ、治癒していない場合には自動退職となる」旨の規定は、多くの会社の就業規則において定められています。
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2.「治癒」の意義について
どの程度、病状が回復していれば「治癒」したと判断されるかについては、東京地判平成16年3月26日労判876号56頁によれば、原則として、従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したことを要するというべきであるが、そうでないとしても、当該従業員の職種に限定がなく、他の軽易な業務であれば従事することができ、当該軽易な職務へ配置転換することが現実的に可能であったり、当初は軽易な職務に就かせれば、程なく従前の職務を通常に行うことができると予測できるといった場合には、復職を認めるのが相当であると解されています。
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3.「治癒」の判断について
休職中の労働者が治癒したか否かについては、単に休職者本人の申し出のみによって治癒したものとして取り扱うことはできません。治癒したことを認定する資料として、医師の診断書が必要となり、実際には、労働者から主治医の診断書が提出されることが一般的です。
ただ、主治医の診断書の内容が労働者の意向を強く反映している場合や、復職後に予定されている具体的な職務内容が十分に考慮されていない場合等があり、このような場合に、当該診断書をどのように取り扱うべきかが問題となります。
この点については、主治医の診断書は、多くの場合、患者との信頼関係が強く、患者の希望に沿うものとなることが一般的に知られているため、必ずしも提出された診断書の内容に拘束されるものではないと考えられています。会社としては、主治医の診断書だけでなく、労働者との面談結果や労働者から提供を受けた診療記録等の内容のほか、産業医、会社指定医等の意見も踏まえたうえで判断する必要があります。主治医、産業医、会社指定医の意見が食い違っている場合も珍しくありませんが、過去の裁判例(東京地判平成23年2月25日労判1028号56頁等)では、診察期間(診察期間が長いほど、正確な病状把握が可能になる)、診察の経緯(労働者または会社の意向を受けたものか)、診断の前提となった資料や事実関係(労働者の病状や復職後に予定されている具体的な職務内容を十分に考慮されたものか)を踏まえて、医師の意見の信用性が判断されています。
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4.最後に
前述の通り、労働者の復職可否の判断にあたっては、当該労働者の具体的な病状はもとより、主治医、産業医、会社指定医等の意見を踏まえて慎重に行う必要があります。この判断の正確性を担保するためには、病状の正確な把握や、各医師に対する当該労働者の具体的な職務内容、勤務実態等に関する十分な情報提供が重要となります。
また、労働者に対し、診療記録等の提供や会社指定医の受診を命じることができる就業規則となっているかどうかを確認し、不備がある場合には整備しておくことも必要でしょう。

その下請代金の減額は、下請法違反ではありませんか?

2019/05/27

(執筆者:弁護士 福田泰親)
【Q.】
 当社は、コスト構造の見直しの一環として、下請先へ支払う代金について2%の値下げを行うこととしました。下請業者との協議の結果、値下げが了承され、また、改定後の価格を先月の発注分に遡って適用することで合意しました。
下請法では、下請代金の減額が禁止されていると聞きましたが、当社は下請業者との協議を経て減額を合意し、また契約書も作成していますので、下請法には抵触しないという理解でよいでしょうか。
【A.】

1.はじめに
 平成29年度に行われた公正取引委員会による下請法違反行為に対する勧告件数は合計9件で、その対象となった違反行為類型はいずれも「下請代金の減額」です。また、指導件数(実体規定違反)は合計5778件で、その10.6%(611件、第3位)がやはり「下請代金の減額」です。
 このように、「下請代金の減額」は、下請法違反行為のなかでも処分事例が多い類型の1つですので、慎重な検討が必要です。
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2.下請代金の減額の禁止とは
 親事業者が、「下請事業者の責めに帰すべき理由」がないのに、発注時の下請代金を減じて支払うことは、「下請代金の減額」に該当します(下請法第4条第1項第3号)。
 なお、下請法の適用となる取引は、資本金規模と取引の内容で定義されています。詳細は、公正取引委員会のHPをご参照ください。
○公正取引委員会 https://www.jftc.go.jp/shitauke/shitaukegaiyo/gaiyo.html
 下請法に抵触するか否かのポイントとなるのは、�@下請代金の減額、及び、�A下請事業者の責めに帰すべき理由です。以下で詳しくご説明します。

 �@下請代金の減額とは、発注時の下請代金を減額することをいいます。違反行為事例としては、消費税・地方消費税相当分を支払わなかった事例や、下請事業者との合意なく振込手数料を下請代金から値引きして支払った事例のほか、ご質問のように、下請事業者との間で単価の引き下げの合意が成立して単価改定を行い、旧単価で発注したものにまで新単価を遡及適用した事例などがあります。「歩引き」や「リベート」「協賛金」等の減額の名目、方法、金額を問わず、発注後いつの時点で減額しても下請法違反となります。

 �A下請事業者の責めに帰すべき理由があるとして下請代金を減額できる場合とは、次のア、イまたはウの場合に限定されます。
ア 納品物に瑕疵または納期遅れ等があるとして受領拒否または返品をした場合に、当該納品物の下請代金の額を減ずるとき
イ アの場合で受領拒否または返品せずに親事業者が手直しをした場合に、手直しに要した相当費用を減ずるとき
ウ 瑕疵の存在または納期遅れ等による商品価値の低下が明らかな場合に、客観的に相当と認められる額を減ずるとき
 下請法に違反した場合には、公正取引委員会から勧告や指導を受けるとともに、下請事業者から減額分の返還を求められる場合もあります。
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3.おわりに
 下請法では、減額について下請事業者と合意し、これを書面化していても、その内容が下請事業者の責任のない理由によるものであれば問題とされる点に注意が必要です。ご質問の事例では、新単価をすでに発注済みのものに遡って適用することについて、下請事業者と合意してはいるものの、下請事業者に責任のない理由による減額にあたりますので、下請法違反になります。
 この機会に、取引先との契約において、発注時に定めた下請代金を支払っているか、あるいは支払われているかをご確認ください。

情報漏洩のリスク:重要な情報を扱っていた従業員が退職するとき

2019/02/26

(執筆者:弁護士 平山 照)
【Q.】
重要な技術情報を取り扱う業務に従事していた従業員が、当社を退職することになりました。情報の流出を防ぐため、この従業員から誓約書を取得することを考えていますが、どのような条項を規定すればよいでしょうか。
【A.】

1.はじめに
 社内の重要な秘密情報に触れていた従業員が退職し、競合他社に就職した場合、自社の秘密情報を流用する恐れがあり、会社にとっては大きな脅威となりえます。このような事態を防ぐため、退職に際して従業員に誓約書の提出を求めることが考えられます。以下では、退職時の誓約書に規定すべき条項についてご説明します。
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2.秘密保持条項
 「秘密保持条項」とは、会社の業務に関連して知りえた営業上、または技術上の情報の使用や開示を禁止する条項です。
 退職者による営業秘密の不正使用や第三者への開示については、不正競争防止法上の「不正競争行為」として損害賠償請求や差止請求の対象となりますし(同法第2条第1項第7号、第3条、第4条等)、一定の場合には刑事罰の対象にもなりえます(同法第21条第1項第6号)。もっとも、不正競争防止法上の「営業秘密」として保護されるためには秘密管理性等の要件が必要ですので、誓約書に「秘密保持義務」を規定することで、必ずしも営業秘密の要件を満たさない情報についても秘密保持の対象とすることができます。また、従業員に誓約書を提出させていること自体が営業秘密の秘密管理性を肯定する一事情にもなります。
 秘密保持条項を規定する上では、退職者が在職中に取り扱った重要な秘密情報の類型を列挙して記載することが望ましいです。そうすることで、これらの情報が秘密情報であることを当該退職者に自覚させることができ、また、のちのち不正使用等が問題となった場合に、当該退職者がその秘密情報を取り扱っていたことの証拠にもなりえます。
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3.競業避止義務
 「競業避止義務」は、会社の事業と競合する事業を営むこと、または、競合他社への就職を禁止する条項です。
 競業避止義務は、従業員の職業選択の自由を制限するもののため、過度な制約は無効と判断されることがあります。そこで、規定するにあたっては、当該従業員の在職中の地位や取り扱った秘密情報の重要性等に応じて、�@禁止する競業行為の範囲(当該従業員が担当していた業務に関連する業種に限るなど)、�A禁止期間(裁判例の傾向として、概ね2年を超える期間については無効と判断される例が多い)、�B代償措置(退職金の上乗せ支給など)等を検討する必要があります。
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4.損害賠償条項・退職金減額条項
 秘密保持義務や競業避止義務の実効性を高めるため、これらに違反した場合には会社に対して損害賠償責任を負う旨の条項や、退職金を減額・不支給とし、すでに支給した退職金を返還させる旨の条項を加えることも考えられます。ただし、退職金について、実際に減額や不支給が認められるためには、単に義務違反があったことでは足りず、在職中の功労に対する評価を減殺させるような背信性が必要になる可能性があります。
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5.最後に
 今回は退職時の誓約書についてご説明しましたが、会社の秘密情報を適切に保護するためには、退職時のみならず、入社時やプロジェクト参画時などにも誓約書を取得し、就業規則中にも秘密保持や競業避止義務の規定を設けるなどの対応も必要です。この機会に、会社の業務全体にわたる制度構築をご検討ください。

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