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トピックス・法律情報

もう泣き寝入りはしない!ネット上での誹謗中傷

2023/07/04

(執筆者:弁護士 八木康友)

【Q.】
私はレストランを経営しておりますが、SNS上に「あの店の料理はまずいし、厨房には干からびた生肉が放置されていた。衛生面も怖いので二度と行かない」など、事実と異なる誹謗中傷の投稿がなされています。このような投稿によって客足が遠のいてしまうことを危惧しているのですが、どのように対応していったらよいのでしょうか。
【A.】
1.はじめに
近年、インターネットが発達し、SNSなどの利用により誰もが全世界に向けて自由に情報発信をすることができるようになりました。このように、個人がインターネットを通じた強い情報発信力を有する現代においては、どのような事業者も、インターネット上での誹謗中傷その他の有害な情報発信によって名誉毀損などの被害を受ける可能性があります。そこで、その対応方法について整理しておく必要があると思われます。
インターネット上での誹謗中傷その他の有害な情報発信への対応としては、主に、①情報発信にかかる投稿等の削除請求、②情報発信者に対する損害賠償請求等が考えられます。今回は、それらの対応の概要について、ご説明します。

2.情報発信にかかる投稿等の削除請求について
情報発信にかかる投稿等の削除請求については、その投稿等がなされたサイトの管理者等に対し、任意での削除を求める方法や、訴訟提起等により削除を求める方法が考えられます。この点、費用や削除までの期間の観点からすれば、まずは任意での投稿等の削除を求める方法から検討すべきです。
任意での削除を求める方法については、基本的に、サイト管理者等によって用意されている手段(サイト上に設置されているウェブフォームからの削除依頼など)に従って削除を求めていくほか、プロバイダ責任制限法(※1)ガイドライン等検討協議会HPに公開されている「プロバイダ責任制限法発信者情報開示関係ガイドライン」(※2)に沿って、書面等により削除を求めていくこととなります。
訴訟提起等により削除を求める方法については、裁判所への仮処分申立てを通じて、サイト管理者等に対し、投稿等にかかるデータを(サーバーコンピュータを介して)第三者に提供する行為の差止めを求めていくこととなります。
ただし、いずれの方法によるとしても、基本的に、その投稿等によって人格権や著作権、商標権などの一定の権利が侵害される場合でなければ削除が認められない点についてはご注意ください。
※1 正式名称は「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」
※2 https://www.isplaw.jp/vc-files/isplaw/provider_hguideline_20220831.pdf

3.情報発信者に対する損害賠償請求等について
(1)情報発信者の特定について
情報発信者に対する損害賠償請求等を行うためには、まず情報発信者の住所・氏名などの情報を調査する必要があります。その調査方法としては、情報発信にかかる投稿等に利用されたIPアドレス(※3)から調査する方法や、情報発信にかかる投稿等と紐づけられた電話番号から調査する方法が考えられます。
IPアドレスから調査する方法については、従来、①サイト管理者等から任意に、または仮処分の申立てによってIPアドレスの開示を受け、②そのIPアドレスの割当を行った通信事業者から訴訟によってそのIPアドレス使用者の住所・氏名などの開示を受ける、という2段階の手続きを行う必要がありました。ところが、この方法には、手続き中にIPアドレス使用者を特定するためのログを消去される、というリスクがありました。そこで、令和4年10月1日施行のプロバイダ責任制限法の改正法により、サイト管理者等に対するIPアドレスの開示請求と、IPアドレスの割当を行った通信事業者に対するIPアドレス使用者の住所・氏名などの開示請求について、単一の手続きにて行うことができるようになりました(同法第8条〜第18条)。
電話番号から調査する方法については、まず、サイト管理者等に対して電話番号の開示を求める訴訟を提起し、その電話番号の開示を受けます。その後、電話会社に対してその電話番号にかかる契約者の住所・氏名などの情報開示を求める弁護士会照会を行い、情報発信者の住所・氏名などの情報を取得します。
※3 インターネットに接続している端末に対して、通信事業者より割り当てられている符号のこと
(2)情報発信者に対する損害賠償請求等について
情報発信者に対しては、実際に生じた損害について民事上の損害賠償請求を行うとともに、場合によっては、今後の有害な情報発信への抑止力とするために刑事告訴を行うことが考えられます。これらの手続きを行う際には、問題となる投稿等に関する証拠を提出することが想定されるため、事前にその内容について証拠化しておく必要がある点について、ご注意ください。

4.まとめ
インターネット上での誹謗中傷その他の有害な情報発信に対しては、被害拡大の防止や被害回復、再発の抑止を図るために前述のような対応を行うことが考えられます。各種対応を進めるに当たっては、専門的な知見に基づく判断が求められますので、必要に応じて専門家に相談することをご検討ください。

以 上

賃金支払いの新たな選択肢!デジタル払いの解禁

2023/05/10

(執筆者:弁護士 村田大樹)

【Q.】
 令和5年4月1日から、賃金のデジタル払いが解禁されると聞きました。賃金のデジタル払いというのはどのような制度で、導入するとしたら企業はどのような対応が必要になるのか、教えてください。
【A.】
1.はじめに
 賃金は、通貨での支払いが原則ですが、これまでも一定の要件を満たす限りで、銀行その他の金融機関の預貯金口座への振り込み及び証券会社の証券総合口座への払い込みにより支払うことができるとされていました。
 近年、キャッシュレス決済の普及や送金サービスの多様化が進む中で、このようなサービスを給与の受け取りに活用するニーズも一定程度見られたことから、令和5年4月1日施行の改正労働基準法施行規則により、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者(以下「指定資金移動業者」)の口座への資金移動による賃金の支払い(以下「デジタル払い」)が可能となりました。
 そこで本稿では、賃金の支払いに関するルールを踏まえ、今回のデジタル払いの導入における留意点について解説いたします。

2.賃金の支払いに関するルール
 賃金の支払いに関しては、直接払いの原則、全額払いの原則のほか、賃金は通貨(外国通貨は含まれない)で支払わなければならないという通貨払いの原則があります。そして、通貨払いの原則の例外として、労働者から同意を得た場合には、労働者が指定する銀行その他の金融機関の本人名義の預貯金口座に振り込むことなどが可能とされています。なお、給与を振り込む預貯金口座等については、労働者が指定したものに限られ、企業が指定することはできませんので注意が必要です。

3.デジタル払いの解禁
 今回の改正では、通貨払いの原則の例外として、預貯金口座等への振り込みに加えて、労働者が指定する指定資金移動業者の口座への資金移動による支払いが認められました。資金移動業者とは、いわゆる「○○ペイ」などキャッシュレス決済サービスを提供する業者等のことをいい、資金移動業者が令和5年4月1日以降の申請により厚生労働大臣から指定を受ければ、企業は後記4の要件を具備したうえで当該指定資金移動業者の口座に賃金を支払うことができます。なお、デジタル払いを導入したとしても、現金化できないポイントや仮想通貨での賃金の支払いは認められていません。
 デジタル払いは、あくまで賃金の支払い・受け取り方法の選択肢の一つであり、必ず導入しなければならないものではありませんし、導入するとしても、全ての労働者の現在の賃金支払い・受け取り方法の変更が必須となるわけではなく、労働者が希望しない場合には、従来どおりの方法によって賃金を支払わなければなりません。また、賃金の一部のみ指定資金移動業者の口座への振り込みとし、そのほかを従来どおりの方法とすることも可能です。
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4.デジタル払い導入のための要件
 デジタル払いを導入するためには、事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合にはその労働組合と、ない場合は労働者の過半数を代表する者と、デジタル払いの対象となる労働者の範囲、賃金の範囲及びその金額、取り扱う指定資金移動業者の範囲等を取り決めた労使協定を締結する必要があります。
 これに加えて、企業は、企業自身あるいは委託した指定資金移動業者からデジタル払いに必要な事項(指定資金移動業者の資金目的、指定資金移動業者が破綻した場合の保証、資金が不正に出金等された場合の補償等)を説明したうえで、個々の労働者から書面等により同意を取得しなければなりません。これにより企業は、当該同意書に記載された支払開始希望時期以降、労働者が指定した口座に賃金を支払うことができます。
 なお、デジタル払いの場合は、所定の賃金支払い日の午前10時頃までに為替取引としての利用が行い得る状態になっていること、及び、所定の賃金支払い日のうちに賃金の全額が払い出し得る状態になっていることが必要です。
 詳しくは、厚生労働省ホームページの「資金移動業者の口座への賃金支払に関する資金移動業者向けガイドライン(令和5年3月8日公表版)」(※)をご確認ください。
※https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001069053.pdf
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5.導入企業における留意点
 企業は、デジタル払い以外の選択肢も提示したうえで労働者から同意を得る必要がありますので、同意書には、デジタル払い以外の選択肢も提示した旨の記載をしておく必要があります。同意書については、厚生労働省のホームページに雛型が備えられていますので、それを利用するのがいいでしょう。
 また、デジタル払いができるのは、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者に限られますので、労働者から指定を受けた資金移動業者が指定資金移動業者であるかどうかを確認する必要があります。指定資金移動業者については、厚生労働省のホームページ上に掲載されますので、導入時に確認しておく必要があります。
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6.さいごに
 今後、キャッシュレス決済サービスはますます普及すると予想され、いずれはデジタル払いを導入する必要が出てくると思われますので、今回の改正を機に早めに導入しておくのも一つです。導入にあたって不明点等がありましたら、必要に応じて専門家に相談することをご検討ください。

以 上

組織の不正を防ぐ効果も。公益通報者保護法の改正と中小企業への影響

2023/03/06

(執筆者:弁護士 水関莉子)

【Q.】
 近年、内部通報を契機に事業者の不正が発覚したというケースをたびたび耳にします。中小企業である当社も、何か対応をとるべきでしょうか。また、公益通報者保護法が改正されたとの話ですが、何が変わったのか、中小企業にどのような影響があるのかについても教えてください。

【A.】
1.はじめに
 公益通報者保護法は、公益通報を通じて事業者の不祥事を早期に発見し、または未然に防ぐために、通報者の保護の内容等を定めた法律です。近年も事業者の不祥事が後を絶たず社会問題となる中、令和4年6月1日に同法の改正法が施行され、あらためて公益通報者保護法の果たす役割が注目されています。
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2.改正公益通報者保護法の概要
 公益通報者保護法によって保護される「公益通報」とは、労働者等が、不正の目的でなく、法定の通報受付先に対して行った通報であって、その内容が法定の通報対象事実(法令違反等)に該当するものをいいます(法2条)。
 今回の改正によって、通報者の範囲が拡大され(「労働者」以外に、新たに「1年以内の退職者」と「役員」が追加されました。)、保護の内容も強化されました。また、これまでハードルが高いとされていた行政機関への公益通報(行政通報)の保護要件が大幅に緩和されました。これらの改正によって、従業員等が以前よりも公益通報、とくに行政通報がしやすくなったといえます。
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3.中小企業への影響──行政通報のリスクの拡大
 そもそも中小企業にとって、行政通報されることは大きなリスクになり得ます。通報体制の整備が進んでいない中小企業の場合は、行政機関が通報の受け皿となり、社内で法令違反等の事実を認識していないうちに、突然、行政通報がなされるという事態があり得ます。そして、行政機関が実際に調査等に動き出すと、その事実が金融機関や取引先に知れ渡ったり、メディアで報道されたりすることで信用棄損やイメージダウン等が発生し、さらには刑事事件に発展するおそれもあるなど、自社が受けるダメージは甚大なものとなります。
 そのため、社内に通報受付窓口を設置するなどして、まずは内部への通報を促し、いきなり行政通報されてしまうのを回避する必要があります。
 改正法により導入された通報体制を整備する義務(法11条2項)は、従業員の数が300人以下の事業者については「努力義務」にとどまりますが、前述の通り、行政通報のリスクは中小企業も決して無関係ではないため、通報受付窓口を設置するなどの対応を考えなければなりません。
 なお、通報受付窓口の設置のほか、内部通報に対応するために必要な体制の整備については、法改正に伴い消費者庁が発表した「公益通報者保護法に基づく指針」(※1)及び「指針の解説」(※2)の中で詳しい説明がなされています。どのような体制を整備すればよいかは、各事業者の規模や業種・業態等の実情によっても異なりますが、参考になさってください。
※1 https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000223501
※2 https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/overview/assets/overview_211013_0001.pdf
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4.おわりに
 通報体制を整備することは、先に述べたようなリスクの回避という消極的な意義をもつにとどまりません。通報体制を整備し、効果的に運用することで、社内の自浄作用を発揮させ、法令違反等を可能な限り未然に防止すること、また、万が一、法令違反等が発生した場合でも迅速に事態を把握し対処することで、影響を最小限に抑えることが期待でき、事業者にとって大きなメリットになります。
 今般の改正を機会に、通報受付窓口を設置するなどの対応を検討してみてはいかがでしょうか。その際、社内において機能する通報体制を構築できるよう、内部統制に詳しい専門家に相談することもご検討ください。

以 上

下請法運用基準の改正と「買いたたき」

2023/02/09

(執筆者:弁護士 植村一晴)
【Q.】
 先日、取引先から、「原材料費や電気料金等が高騰しているので、単価を引き上げさせてほしい」と要請されましたが、長年同じ単価で取引していたこともあり、「単価は据え置きにしてほしい」と伝え、従来どおりの単価で合意をしました。このような当社の行為は、下請法で禁止されている「買いたたき」に該当するのでしょうか。

【A.】
※今回のお話は、ご質問の件が下請法の適用対象となる取引であることを前提としています。適用対象となるかは、資本金規模と取引の内容で定義されていますので、詳しくは、公正取引委員会ホームページの「下請法の概要」をご参照ください。
公正取引委員会 https://www.jftc.go.jp/shitauke/shitaukegaiyo/gaiyo.html

1.はじめに
 公正取引委員会による「買いたたき」に対する勧告または指導件数は、令和元年度には721件であったのが、令和2年度は830件と増加傾向にあり、令和3年度は866件と、実体規定違反全体(7878件)の11.0%に及んでいます。また、昨今は原油価格や原材料価格が高騰しており、中小企業等が上昇したコストを適切に転嫁できないおそれも懸念されています。こういった背景の下、令和3年12月27日に、内閣官房(新しい資本主義実現本部事務局)、消費者庁、厚生労働省、経済産業省、国土交通省及び公正取引委員会によって、「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」(※1)が取りまとめられました。
 その取り組みの1つとして、令和4年1月26日、公正取引委員会により「下請法に関する運用基準」(以下「運用基準」)が改正され、「買いたたき」の解釈が明確化されました。また、「違反行為情報提供フォーム」が新たに設置されています。
※1 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/partnership_package_set.pdf

2.買いたたきとは
(1)買いたたきの定義・判断基準
 親事業者と下請事業者の間で下請代金の額を決定するときに、発注した商品・役務等に対して、通常支払われる対価に比べて著しく低い額を不当に定めることは、「買いたたき」として下請法違反となります(下請法第4条第1項第5号)。
 買いたたきに該当するか否かについて、運用基準では、以下の(ア)〜(エ)等を総合的に勘案して判断するとされています。
(ア)下請代金の額の決定方法(下請事業者と十分な協議が行われたかどうか等)
(イ)下請代金の額の決定内容(差別的であるかどうか等)
(ウ)通常支払われる対価と当該代金との乖離状況
(エ)当該給付に必要な原材料等の価格動向
(2)運用基準の改正内容
 従前の運用基準でも、下請事業者が労務費や原材料費の上昇分を取引価格に反映するよう求めたにもかかわらず、親事業者が一方的に単価を据え置くことは、買いたたきに該当するおそれがあるとしていました。
 令和4年の改正では、これに加えて、「エネルギーコストの上昇分も反映の対象に含めること」や、「下請事業者からの価格転嫁の求めに対して、明示的な協議が必要であること」「価格転嫁しない場合にはその理由を書面・電子メール等で回答する必要があること」が明確化されました。
 なお、運用基準では、そのほかの買いたたきの例として、親事業者の予算単価のみを基準として、一方的に通常の対価より低い単価で下請代金の額を定めた場合や、合理的な理由がないにもかかわらず特定の下請事業者を差別して取り扱い、ほかの下請事業者より低い下請代金の額を定めた場合などが挙げられています。
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3.「違反行為情報提供フォーム」の新設
 令和4年1月26日、買いたたきなどの下請法違反が疑われる親事業者について、下請事業者が匿名で通報できる窓口として、「違反行為情報提供フォーム」が公正取引委員会(※2)や中小企業庁(※3)のホームページ上に設置されました。
 このフォームで提供された情報は、独占禁止法上の優越的地位の濫用に関する緊急調査(公正取引委員会)や下請法上の定期調査(公正取引委員会、中小企業庁)における対象業種の選定、調査票の送付先の選定などに活用されます。匿名による情報提供が可能となり、通報のハードルが下がった分、親事業者としては、より慎重な対応を求められることになったと言えます。
※2公正取引委員会 https://www.jftc.go.jp/cgi-bin/formmail/formmail.cgi?d=joho
※3中小企業庁 https://mm-enquete-cnt.meti.go.jp/form/pub/jigyokankyo/20220126

4.おわりに
 下請代金の額を決定する際は、下請事業者の事情を十分考慮して協議が尽くされたといえるかが重要となります。また、協議が行われた場合でも、それが十分でなかった場合や、前述の(イ)〜(エ)等の事情次第では、買いたたきに該当する可能性があります。買いたたきなどの下請法違反が懸念されるときは、(親事業者・下請事業者のいずれの立場でも)専門家へ相談することもご検討ください。

以 上

BtoC企業は要注意! 消費者契約法の改正と企業の対応

2022/12/16

(執筆者:弁護士 森村 奨)

【Q.】
先日、消費者契約法が改正されたとのニュースを見ました。この改正は、消費者との取引があるわが社にも関係してくると思われます。改正によって何が変わるのか、企業はどういった対応を求められるのかについて教えてください。
【A.】
1.はじめに
令和4年5月25日、「消費者契約法及び消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律の一部を改正する法律(令和4年法律第59号)」(以下「改正法」)が成立しました。そのうち、消費者契約法の改正部分については、一部を除き、令和5年6月1日に施行されます。
そこで本稿では、今回の改正内容と求められる企業の対応についてご説明します。

2.具体的な改正内容と求められる企業の対応について
今回の消費者契約法の改正のうち、企業実務に影響し得る事項として、以下の3点が挙げられます。

(1)免責の範囲が不明確な条項の無効(改正法8条3項)
消費者契約法8条1項2号及び4号では、事業者等の故意または重過失による債務不履行または不法行為により消費者に生じた損害賠償責任について、その一部を免責する条項を無効とするとの規定が設けられています。これを受けて、契約書等では、一部免責について「法律上許される限り、事業者の損害賠償責任を免除する」「法律上許容される場合において、事業者の損害賠償額の限度額を○万円とする」などと規定されることがありました。しかし、一般的な消費者はこのような規定を見ても、「事業者等の軽過失の場合に限り、一部免責がされる」ことはなかなか理解できません。そこで今回の改正では、上記のような事業者等の「重大な過失を除く過失による行為にのみ適用されることを明らかにしていない」一部免責の規定を無効とする旨が明らかにされました。
したがって、企業としては、規約や契約書の雛形の見直しを行い、必要に応じて、一部免責を軽過失の場合のみに限定することを明示する規定(例えば、「当社に故意または重大な過失がある場合を除き、○万円を限度とする」など)の修正を検討したほうがいいでしょう。

(2)契約の取消権の追加(改正法4条3項)
消費者契約法では、事業者が不当な勧誘行為を行ったことにより消費者が誤認等をした場合に、契約(意思表示)を取り消すことができる旨が定められています。今回の改正では、新たな「不当な勧誘行為」として、以下の行為が追加されました。
①勧誘することを告げずに、退去困難な場所に同行し勧誘すること
②威迫する言動を交え、相談の連絡を妨害すること
③契約前に目的物の現状を変更し、原状回復を著しく困難にすること
そのため、企業としては、不当な勧誘行為であるとの疑義が生じないようにするために、営業マニュアル等の見直しを行うことも考えられます。

(3)事業者の努力義務の強化
今回の改正では、前述の事項のほかに事業者の努力義務として、以下の事項が追加されています。いずれも努力義務ではありますが、消費者との紛争予防の観点からは、可能な限り遵守することが望ましいといえます。
①消費者または適格消費者団体からの求めに応じて、解除に伴う損害賠償額の予定または違約金の算定根拠の概要(適格消費者団体からの求めがある場合は算定根拠)を説明すること(改正法9条2項、12条の4)
②契約締結の勧誘の際の情報提供を行うに当たって、事業者が知ることができた個々の消費者の事情を総合的に考慮するものとし、個々の消費者の事情として、知識及び経験のほかに、年齢及び心身の状態も考慮すること(改正法3条1項2号)
③民法第548条の2第1項に規定する定型取引合意に該当する消費者契約の締結を勧誘する際に、消費者が同項に規定する定型約款の内容を容易に知り得る状態に置く措置を講じているときを除き、消費者が同法第548条の3第1項に規定する請求を行うために必要な情報を提供すること(改正法3条1項3号)
④消費者の求めに応じて、消費者契約により定められた当該消費者が有する解除権の行使に関して必要な情報を提供すること(改正法3条1項4号)
⑤適格消費者団体の要請に応じて、契約条項や同団体より差止請求を受けて講じた措置を開示すること(改正法12条の3及び5)
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3.最後に
今回の改正により、企業では規約の変更等の対応が求められることがありますので、必要に応じて専門家にもご相談いただきながら、対応内容をご検討ください。

以 上

従業員から副業・兼業の許可申請をされたら

2022/09/08

(執筆者:弁護士 石井千晶)
【Q.】
当社では副業・兼業を許可制とする就業規則を置いていますが、このたび、初めて従業員から副業・兼業を許可するよう申請がありました。どういった点に留意すればよいでしょうか。
【A.】
1.はじめに
新型コロナウイルス感染症が流行した影響によって、在宅勤務を行う労働者や一時的に給与が減った労働者が増えました。これにより、今まで通勤にかかっていた時間を有効活用したい、減った分の収入を補填したいなどの理由から、副業・兼業を希望する労働者が増加しています。また、厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(平成30年1月策定)が本年7月に、企業の副業・兼業の取り組みを公表するよう改訂されるなど、政府としても副業・兼業を促進する動きが高まっています。本稿では、ガイドラインに基づき、従業員から副業・兼業の許可等を求められた場合の留意点についてご説明いたします。

2.基本的な考え方
ガイドラインにおいて、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的には労働者の自由であることから、副業・兼業を許可制等にしている企業は、許可等の際に、副業・兼業が、①労務提供上の支障がある場合、②業務上の秘密が漏洩する場合、③競業により自社の利益が害される場合、④自社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合に該当するかを精査した上で、そのような事情がなければ、労働時間以外の時間については原則、副業・兼業を認める方向で検討することが求められています。
また、副業・兼業の許可等をする場合には、事前に、就業規則や労働契約等において、上記①〜④の事情が生じた場合には、副業・兼業を禁止または制限することができると定めておくことが考えられます。

3.労働時間管理
労働基準法第38条第1項では、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と規定されており、「事業場を異にする場合」には事業主を異にする場合を含むとされています。したがって、従業員から副業・兼業の許可等を求められた場合、労働時間管理にも留意する必要があります。
(1)通算して適用される規定
法定労働時間(同法第32条または第40条)の適用において、自らの事業場における労働時間及びほかの使用者の事業場における労働時間が通算されます。
また、時間外労働の上限規制(単月100時間未満、複数月平均80時間以内、同法第36条第6項第2号及び第3号)については、労働者個人の実労働時間に着目して当該個人を使用する使用者を規制するものであり、労働時間が通算されます。
なお、ガイドラインでは、労働時間を通算して法定労働時間を超える場合には、長時間の時間外労働とならないようにすることが望ましいとされています。
(2)割増賃金
労働時間を通算した結果、同法第32条または第40条に定める法定労働時間を超えて労働させる場合には、使用者は割増賃金を支払わなければなりません(同法第37 条第1項)。このとき、割増賃金の支払い義務を負うのは、当該労働者を使用することにより、法定労働時間を超えて当該労働者を労働させるに至った使用者です。したがって、通算により法定労働時間を超えることとなる所定労働時間を定めた労働契約を時間的に後から締結した使用者が、契約の締結に当たって、当該労働者がほかの事業場で労働していることを確認した上で契約を締結すべきことから、割増賃金の支払い義務を負うこととなります。通算した所定労働時間が既に法定労働時間に達していることを知りながら労働時間を延長するときは、先に契約を結んでいた使用者も含め、延長させた各使用者が割増賃金の支払い義務を負うこととなります。

4.事業者の対応
以上より、まずは副業・兼業の内容として、ほかの使用者の事業場の事業内容、労働者が従事する業務内容、労働時間通算の対象となるか否かの確認を行います。
労働時間通算の対象となる場合には、併せてほかの使用者との労働契約の締結日、期間、所定労働時間、所定外労働の有無、見込み時間数、最大時間数、実労働時間等の報告の手続き、これらの事項について確認を行う頻度等、各々の使用者と労働者との間で合意しておくことが望ましいとされています。
また、副業・兼業に関しては、健康管理への対応、社会保険の給付等様々な問題がありますので、場合に応じて専門家に相談することをご検討ください。

以 上

注意が必要なインターネット上での商品販売と特定商取引法

2022/07/15

(執筆者:弁護士 八木康友)
【Q.】
 当社では新規顧客の獲得を狙って、インターネット上での商品販売等を通じたEC市場への参入を検討しております。このようなインターネット上での商品販売等については特定商取引法による規制があると聞いたことがありますが、現在、どのような規制がなされているのでしょうか。
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【A.】
1.はじめに
 近年、商圏・販売チャネルの拡大、受発注業務の自動化、顧客獲得コストの低減などを目的として、インターネット上での商品販売等を検討する事業者が増えています。インターネット上での商品販売等については、その性質上、取引条件等に関する情報提供が限定的、かつ誤解を招きやすく、一般消費者が誤解等に基づいて契約を申し込むおそれがあります。そのため、特定商取引法は、そのようなインターネット上での商品販売等について「通信販売」の一類型として法規制を行っており、令和4年6月1日に施行される特定商取引法の改正(令和3年法律第72号)ではその規制を強化しています。
 そこで今回は、特定商取引法における「通信販売」規制の適用対象について整理したうえで、インターネット上で商品販売等を行う場合の注意点をご説明します。
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2.「通信販売」規制の適用対象
 「通信販売」規制は、「販売業者又は役務提供事業者が郵便その他の主務省令で定める方法により売買契約又は役務提供契約の申込みを受けて行う商品若しくは特定権利の販売又は役務の提供」(特定商取引法2条2項)に該当する場合に適用されます。
 インターネット上で商品販売等を行う場合、基本的に、コンピュータ、タブレットやスマートフォンなどの「通信機器又は情報処理の用に供する機器を利用する方法」(同法施行規則2条)として、「郵便その他の主務省令で定める方法」によって申込みを受ける場合に該当します。そのため、適用除外(同法26条1項)される場合、例えば、取扱商材が適用除外される商品、役務、または特定権利(同法2条4項)である場合(同項6〜8号)などに該当しなければ、「通信販売」規制が適用されることになります。
 なお、取扱商材が適用除外されるものである場合には、他の法令による規制が存在する可能性が高いため、そちらの規制内容を確認する必要があります。
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3.「通信販売」規制とインターネット上での商品販売等
 特定商取引法は、従前、「通信販売」に関し、広告における各種事項の表示義務(同法11条)・誇大広告の禁止(同法12条)、商品等の提供に先立って対価を受領する際の申込みに対する承諾等の通知義務(同法13条)、顧客の意に反して契約の申込みをさせようとする行為の禁止(同法14条1項2号、同法施行規則16条1項)などの規制を設けていました。
 そして、今回の法改正では、「通信販売」に関し、新たに、広告における申込期間の表示義務(同法11条4号)、申込みの撤回・契約解除を妨げるための不実の告知の禁止(同法13条の2)、「特定申込み」を受ける際の各種事項の表示義務(同法12条の6、15条の4)などの規制が追加されることとなりました。
 そのため、インターネット上で商品販売等を行う場合には、これらの規定に違反しないかを検討する必要があります。
 今回の法改正で新たに規制されることとなった「特定申込み」とは、販売業者等が「定める様式の書面により顧客が行う」申込み、または、販売業者等が「電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法により顧客の使用に係る電子計算機の映像面に表示する手続きに従つて顧客が行う」申込みをいい(同法12条の6の1項)、インターネット上で申込みを受け商品販売等を行う場合もこれに該当します。販売業者等は、「特定申込み」を受ける場合、その申込み手続きを完了させる最終確認画面において、商品等の分量、対価、その支払方法・時期、申込期間などの事項を表示し(同1項)、それらの事項及び最終確認画面における操作の完了が申込みとなることについて人を誤認させるような表示をしないようにしなければなりません(同2項)。特に、サブスクリプションなどの定期購入契約の申込みを受ける場合には、その1回毎の量・期間、代金額、代金請求時期、商品等の提供時期などについて、誤認が生じない方法で表示する必要があります。
 なお、インターネット上で商品販売等が特定商取引法の各規定に違反するか否かの検討に当たっては、各規定の解釈運用に関する専門的な知見に基づく判断が必要となりますので、場合に応じて専門家に相談することをご検討ください。

以 上

秘密保持契約における留意点

2022/06/24

(執筆者:弁護士 村田大樹)
【Q.】
実務上、取引相手と秘密保持契約を締結することがよくありますが、秘密保持契約書を作成・レビューするにあたって留意するべき点を教えてください。

【A.】
1.はじめに
秘密保持契約(NDA:Non-Disclosure Agreement)とは、取引等を通じて開示した自社のノウハウ等の秘密情報が第三者に開示・漏洩されたり目的外に利用されたりすることを防ぐために、秘密情報の受領者に秘密保持義務を課すことなどを内容とする契約のことです。例えば、複数の企業が合弁事業を行おうとする場合、交渉段階で様々な情報を提供し合うことになりますが、これらの情報は秘密性が要である以上、提供した秘密情報に法的保護を与えておく必要があります(※)。
重要な取引は秘密保持契約から始まると言っても過言ではなく、実務でも広く取り交わされているので、本稿では、秘密保持契約における留意点について、ポイントを絞って解説いたします。

※ノウハウを保護する法律として「不正競争防止法」があるものの、同法では、①秘密管理性、②有用性及び③非公知性を満たす「営業秘密」(同法2条6項)しか保護されません。
_
2.秘密情報の定義
いかなる情報を秘密情報として定義するかは、秘密保持契約において最も重要な点になります。自社が主に情報を開示する立場の場合、開示する一切の情報が契約上保護の対象となる「秘密情報」に該当するよう、「秘密情報」の定義を包括的に規定することが有益です。
他方、自社が主に情報を受領する立場の場合には、受領した情報全てが「秘密情報」に該当するとなると、本来保護される必要のない情報まで厳重に管理する必要が生まれ、過大な管理コストを要するなどの不都合が生じます。そのため、「秘密情報」は一定の範囲の情報に限定することが望ましいでしょう。また、限定することで、どの情報が「秘密情報」に該当するか明確になり、当事者間で認識の相違が生まれることを防止できるとともに、開示の都度、情報受領者に対する注意喚起の効果も期待できますので、情報開示者の立場としても一応のメリットはあります。
そこで、定義規定の一例としては、以下のようなものが考えられます。ただし、この定義を採用する場合、秘密である旨の明示をした情報以外は秘密保持義務の対象とはならないことに留意しなければなりません。そのため、情報開示者は、秘密情報とそうではない情報を区別し、秘密情報である旨を抜かりなく明示する体制を整えておく必要があります。

<定義規定の一例>
「秘密情報」とは、情報開示者から情報受領者に対し、書面、電磁的記録媒体その他有体物に化体されて開示された情報のうち秘密情報であることが明示された情報、口頭で開示された情報であって、開示の際にそれが秘密であることを明示され、かつ開示後○日以内に書面で秘密である旨を明示された情報(ただし、口頭で開示された情報は、開示後○日間は秘密情報として取り扱われるものとする)。
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3.秘密保持義務及び目的外利用の禁止
秘密保持契約では、複製物も含めた秘密情報を第三者に開示・漏洩してはならない旨のほか、当該契約における本来の利用目的以外には使用してはならない旨を定める必要があります。また、利用目的以外の使用禁止規定の前提として、秘密保持契約書の冒頭で、契約を締結する目的を定めておくことが望ましいといえます。
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4.違反の効果
情報受領者が秘密保持義務等に違反し、情報開示者に損害が生じた場合、情報受領者は民法上の損害賠償責任を負うことになります(民法415条)。もっとも、秘密保持契約違反の場合、損害額の算定・立証が困難であることも想定されるため、あらかじめ契約違反における損害額を約定しておくことが考えられます。また、秘密情報が競業企業等に漏洩した際には、金銭賠償のみでは必ずしも十分とはいえない場合もあるため、契約違反行為の差止めや秘密情報の破棄等の特定履行を求めることができる旨の救済条項を明確に規定しておくことも考えられます。
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5.契約期間
情報を十分に保護するために、契約期間終了後も一定期間は秘密保持義務を課すことが考えられます。もっとも、存続期間中、秘密情報が陳腐化したり、公知となったりする場合もあるため、情報受領者としては、不当に長い期間、秘密情報の管理コストや契約違反のリスクを負うことがないよう、当該情報の有用性等を考慮のうえ、合理的期間(一般的には1〜5年程度)に限定することが適切です。
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6.最後に
広く取り扱われる秘密保持契約には、前述の内容以外にも留意すべき点が存在します。契約交渉の入り口でつまずくことのないよう、必要に応じて専門家に相談することをご検討ください。

以 上

オンラインカジノは違法です(法的議論の整理)

2022/06/02

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本ニュースレターに関して、ご質問・ご相談がありましたら、下記にご連絡ください。
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弁護士法人三宅法律事務所
弁護士・公認不正検査士
政府・特定観光施設区域整備推進会議委員
渡邉 雅之
TEL:03-5288-1021
Email:m-watanabe@miyake.gr.jp
※東京大法学部卒。2017年に有識者でつくる特定複合観光施設区域整備推進会議の委員となり、政府に「日本型IR」の在り方を提言した。

_(2022年6月17日更新)
※解説レジュメを作成いたしましたのでこちらもご覧ください。
解説レジュメ:オンラインカジノは違法です。
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山口県阿武町が、新型コロナの給付金を誤ってひとりに4630万円を振り込み、逮捕された男性が「オンラインカジノで使い切った」と話していた問題に関して、2022年6月1日の衆議院予算委員会の集中審議で岸田文雄総理は、オンラインカジノについて「違法なものであり、関係省庁と連携し厳正な取り締まりを行う」との考えを示しました。
オンラインカジノは以下のとおり、日本の法律においては違法であると考えられます。

1 刑法の賭博罪等
(1)賭博罪の構成要件
刑法185条においては、以下のとおり賭博罪の構成要件と、刑罰(50万円以下の罰金または科料)を規定しています。

(賭博)
第百八十五条 賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭かけたにとどまるときは、この限りでない。

「賭博をした者」とは、平成7年改正前の刑法においては、「偶然ノ輸贏ニ関シ財物ヲ以テ博戯又ハ賭事ヲ為シタル者」(=偶然の事情に関して財物を賭けてその得喪を争う者)とされていましたが、現行刑法においても意義については変更はありません。すなわち、�@偶然性、および、�A財物を賭けてその得喪を争うこと、が賭博罪の構成要件となります。
(2)偶然性
「偶然」とは、当事者において確実に予見できず、又は自由に支配し得ない状態をいい、また、主観的に不確実であることをもって足り、客観的に不確定であることまでを要しません(大判大3.10.7、大判大11.7.12)。また、技量等の差異により勝敗が予め歴然としているときは別段、多少とも偶然の事情により勝敗が左右されうるような場合には偶然性が認められます(大判明44.11.13)。
_ _判例上、「偶然性」が認められたものとしては以下のものがあります。

〇闘鶏(大判大11・7・12)  〇取引所の相場(米穀取引所相場、大判明45・5・23)(株式先物相場、大阪高判昭27・11・1) 〇競馬(大判明44・5・6) 〇麻雀(大判昭6・5・2) 〇囲碁(大判大4・6・10)   〇将棋(大判昭12・9・21)  〇ジャンケン札及び花札(大判大12・11・14) 〇チーハー(大判明38・2・2)  〇三突(大判大5・10・6) 〇ピン倒し(大判昭2・11・17) 〇ABC三色ゲーム(札幌高判昭28・6・23)

(3)財物を賭けてその得喪を争うこと
「財物を賭けてその得喪を争うこと」の「財物」とは、有体物に限らず、広く「財産上の利益」であれば足り、債権等を含みます。
「財物の得喪」とは、勝者が財産を得て、敗者はこれを失うことをいいます。富くじ(宝くじ・ロッタリー)の販売は、販売者が財物を失うことはないので、別の犯罪の構成要件とされます(刑法187条)。したがって、オンラインロッタリーについては、賭博罪(185条)ではなく、富くじを販売した罪・富くじを授受した罪(刑法187条1項・3項)が問題となります。
「賭ける」とは、_財物授受の約束があれば足り、現に賭場に提出することを要しません(大判明45.7.1)。金銭に代えて予め購入した遊戯券を提供させる場合も、それが金銭の代用物として使われたにすぎないときは、金銭を賭けたものとされます(札幌高判昭28.6.23)。
(4)一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるとき(賭博罪の違法性阻却事由)
刑法185条ただし書により、「一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるとき」が違法性阻却事由となります。
パチンコ・パチスロのように、外形的には客相手に賭博的要素を含む遊技を行う形態の営業行為であっても、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」の規定するところにより風俗営業の許可を受けた者がその許可条件に従って客に遊技をさせる場合には、「一時の娯楽に供する物を賭けている場合」にあたるとして賭博罪の成立が否定されます。
(5)常習賭博罪
常習して賭博をした者は、3年以下の懲役に処せられます(刑法186条1項)。
(6)賭博場開帳罪
賭博場を_開張し、又は博徒を結合して利益を図った者は、3月以上5年以下の懲役に処せられます(刑法186条2項)。

2 オンラインカジノ(ネットカジノ)
インターネット等を通じて行われるカジノをオンラインカジノ(online casino)と言います。日本では「ネットカジノ」とも言われます。英国領マン島、フィリピン、マルタのように、オンラインカジノ(ネットカジノ)を合法化している国・地域もあります。
オンラインカジノ(ネットカジノ)に対して、カジノ施設で行われるカジノのことをLand based casino(「ランドベースカジノ」)ということがあります。
_ オンラインカジノに参加することが刑法185条の賭博罪に該当し、オンラインカジノを運営する事業者が刑法186条2項の賭博場開帳罪に違反するのではないかとの議論があります。
オンラインカジノ自体が上記1の(1)から(3)で説明した賭博罪(刑法185条1項)の構成要件である「偶然性」「財物を賭けてその得喪を争うこと」のいずれの構成要件にも該当し、違法性阻却事由である「一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるとき」に該当しないことは比較的明らかです。
賭博罪の成立を「否定する」(グレーという)論者(グレーゾーン論者)は、下記5のとおり、属地主義・必要的共犯を持ち出して賭博罪の成立がグレーというのです。

3 2016年の2件の摘発事例
_ 2016年には、オンラインカジノ(ネットカジノ)について以下の2件の摘発事例がありました。
(1)1件目の摘発事例(※弁護士ドットコム「海外サーバの「オンラインカジノ」で初の摘発・・・なぜ決済業者が逮捕されたのか?」に筆者がコメントした記事です。)
海外のオンラインカジノに賭け金を振り込むための決済サービスを運営し、プレイヤー(顧客)に賭博をさせていたとして、さいたま市の会社役員の男性ら2人が2016年2月中旬、常習賭博罪の疑いで千葉県警に逮捕されました。無店舗型のオンラインカジノについて、賭博罪が適用されるのは全国初の事案でした。
報道によれば、会社役員らは2012年から2015年までのおよそ3年間、海外のオンラインカジノが利用できる決済サービスを運営し、常習的に不特定多数の客に賭博行為をさせていた疑いが持たれています。これまで10億円を超える利益をあげていたとみられます。
バカラなどができるソフトを客のパソコンにインストールさせたうえで、賭け金を指定の口座に振り込ませ、勝敗に応じて現金を払い戻していたとのことです。
(2)2件目の摘発事例(※弁護士ドットコム「オンラインカジノの客、全国初の逮捕「海外サイト」なのに摘発されたのはなぜ?」に筆者がコメントした記事です。)
インターネット上のオンラインカジノで賭博をしたとして、京都府警は2016年3月10日、大阪府吹田市の30代男性ら3人を、単純賭博容疑で逮捕しました。無店舗型オンラインカジノでプレイヤー(顧客)が逮捕されるのは全国初の事案でした。
報道によれば、3人は2016年2月頃、オンラインカジノに接続し、「ブラックジャック」で金を賭けた疑いが持たれています。利用したサイトは英国に拠点ですが、日本人女性のディーラーがルーレットやブラックジャックなどのゲームを提供していました。プレイヤーは、あらかじめ氏名やメールアドレスなどを登録し、クレジットカードや決済サイトを使って入金し、賭けていました。サイトは日本語でやりとりができ、賭博の開催時間は、日本時間の夕方から深夜に設定されていました。サイトでは1日平均で合計95万円程度が賭けられました。
3人の逮捕容疑は2016年2月18日から26日までに、会員制カジノサイト「スマートライブカジノ」で、ブラックジャックのゲームに現金計約22万円を賭けた疑いがあります。容疑者の一人は「1000万円ほど賭けた」と話しているようです。
この逮捕においては、画面上に利用客がやりとりする「チャット」機能もあり、府警はこの書き込みなどを元に容疑者を割り出したようです。京都府警は事実上、国内で日本人向けにカジノが開かれて賭博行為をしていると判断したとのことです。
本件については、京都区検察庁において、いずれも、賭博罪により公訴を提起して略式命令を請求し、京都簡易裁判所により、罰金20万円又は罰金30万円の略式命令が発せられました。(令和2年2月28日の衆議院議員丸山穂高君提出オンラインカジノに関する質問に対する政府の答弁書参照)
オンラインカジノのプレイヤーに対して賭博罪の有罪判決がなされているという点でも本件は重要な事件であると考えられます。
なお、上記政府答弁書によれば、「平成三十年(※2018年)中の検挙件数として警察庁が都道府県警察から報告を受けたものは十三件である。」とのことです。

4 属地主義・属人主義
刑法は、日本国内において罪を犯したすべての者に適用されることになっています(刑法1条)。これは、「属地主義」(国内で犯された犯罪に対しては行為者の国籍を問わず自国の刑法を適用する)という考え方です。
したがって、日本国内で外国人が地下カジノ等でプレー(賭け)をする場合も、賭博罪(刑法185条)や常習賭博罪(同法186条1項)の対象となります。また、オンラインカジノについても、国内で店舗型のオンラインカジノを設けている場合は、店主には賭博開帳罪(同法186条2項)、プレイヤーには賭博罪や常習賭博罪を適用して摘発されてきた例が多数あります。
他方、日本人が海外旅行の際に、海外のカジノにおいてプレー(賭け)をする行為は明らかに賭博行為ですが、違法ではありません。また、日本の法人やその現地法人が日本国外においてカジノ場を運営してもこれは違法ではありません。これは、賭博罪、常習賭博罪、賭博開帳罪が、日本国民の国外犯処罰規定(同法3条)の対象となっていないからです。すなわち、わが国は賭博関連罪について、「属人主義」(自国民による犯罪に対しては犯罪地を問わず自国の刑法を適用する)を適用していないのです。
なお、プロ野球の元投手や芸能人である韓国人がマカオやラスベガスで多額の賭けをして「海外遠征賭博」(遠征賭博)により、韓国当局により逮捕されたことが話題になりますが、これは、韓国の関連刑法において、「属人主義」を採用しているからです。
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5 グレーゾーン論者の主張
上記4のとおり、国外で日本人がカジノでプレーすることや日本の法人が海外でカジノを運営することは、(常習)賭博罪や賭博場開帳罪の対象となりません。他方、日本国内の店舗(インターネット賭博カフェ)においてオンラインカジノを提供している場合は、運営者には賭博開帳罪、プレイヤーには(常習)賭博罪が適用されます。
問題となるのは、海外のオンラインカジノ事業者が日本国内に店舗を設けずに、インターネットを通じて日本国内のプレイヤーにオンラインカジノを提供している場合です。ここにいう「海外のオンラインカジノ事業者」には、日本にいる者が海外にサーバーを設けているような実態が国内で行われている場合とそうでない場合のいずれも含みます。
このようなオンラインカジノについて「違法ではない」と主張する者も、完全に「合法である」とは主張しておらず、以下のとおり、「グレーゾーン」でありプレーをしても(常習)賭博罪に該当しないので、「安心してプレーをしてください」「インターネット賭博カフェと自宅でのネット賭博は違うので安全」などと説明しているのです。
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(グレーゾーン論者の主張)

インターネットを通じて、日本国内で賭博に参加していると評価されれば日本の刑法が適用され、賭博罪に該当する。これに対して、日本国外で賭博に参加していると評価されれば、海外の法律が適用されるということになれば、合法となる。この点については現在のところ不透明である。

仮に、国内で賭博に参加していたとしても、賭博罪は、「必要的共犯」であり、賭博開帳者と共に処罰される(刑法186条2項参照)ことが前提である。賭博開帳者が国外犯として処罰されないのであれば、その対抗犯である賭博罪は成立しない。

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6 グレーゾーン論者の主張に対する疑問
上記5のグレーゾーン論者の主張は、「必要的共犯」で賭博開帳者が処罰されないから、国内のプレイヤーが賭けるのも現在のところ、違法ではないから「どうぞやってください」という姿勢に大きな違和感があります。
現在、大阪府及び長崎県の2つの都道府県等から区域整備計画の認定の申請が行われているランドベースのカジノを含む統合的なリゾート(Integrated Resort(IR))の整備をする『特定複合観光施設区域整備法』(「IR整備法」)においては、賭博罪との関係での合法性の問題、賭博依存症対策の問題、マネー・ローンダリング対策の問題、反社会的勢力の排除の問題等の対応をすることが求められています。これらの公益性の高い対策を講ずることにより、IR整備法では賭博罪が違法性阻却されています(IR整備法39条参照)。
すなわち、認定設置運営事業者(=国土交通大臣から認定を受けたIR運営事業者)は、カジノ管理委員会からカジノ事業免許を受けたときは、免許に係るカジノ施設で、当該免許に係る種類・方法のカジノ行為(ゲーミング)に係るカジノ事業を行うことができます。この場合、当該カジノ事業免許に係るカジノ行為区画で行うカジノ行為については、刑法185条(賭博罪)、刑法186条(1項:常習賭博罪、2項:賭博場開帳罪)の規定は、適用されないこととされています。
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〇IR整備法39条
(免許等)
第三十九条 認定設置運営事業者は、カジノ管理委員会の免許を受けたときは、当該免許に係るカジノ施設において、当該免許に係る種類及び方法のカジノ行為に係るカジノ事業を行うことができる。この場合において、当該免許に係るカジノ行為区画で行う当該カジノ行為(中略)については、刑法(明治四十年法律第四十五号)第百八十五条及び第百八十六条の規定は、適用しない。

そのような対策も全く取られず、野放図にプレイヤーに賭博を推奨する行為自体、問題があると考えられます。オンラインカジノは暴力団の資金源となっている可能性も大きいですし、間違いなく賭博依存症の問題があるはずです。さらに、オンラインカジノは、その匿名性とビットコインなどの仮装通貨を利用することによって、マネー・ローンダリングに利用されているとのFATF(Financial Action Task Forces: 金融作業部会:マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策の政府間会合)の報告(Vulnaerabilities of Casinos and Gaming Sector)もあるところです。
また、同じ国内でも、オンライン賭博カフェでプレーすれば賭博罪になり、自宅で行えば賭博罪に該当しないというのも大きな違和感があります。
特に、日本から国外にサイトを開いて、そのサイトで開帳しても、その実際の管理運営は日本から行う場合は、そうした賭博行為はサイトが海外にあるというだけで、開帳者も賭けを行うものも日本国内で、かつ日本で遠隔操作する場合には、賭博場開帳行為・賭博の両方とも日本国内において行われていると評価せざるを得ないのではないでしょうか。

7 必要的共犯の主張についての検討:そもそも必要的共犯ではない
「必要的共犯」とは、「任意的共犯」の対となる概念です。

「任意的共犯」が、単独でも犯しうる犯罪に複数人が関与する場合で、共同正犯(刑法60条)、教唆犯(同法61条)、幇助犯(同法62条)の規定が適用されます。たとえば、殺人罪(同法199条)や窃盗座(同法235条)は共犯の存在なくして成立し得ます。
これに対して、「必要的共犯」は、その犯罪が成立するために複数人による共働や加功が犯罪類型上、前提とされているものです。
「必要的共犯」にも、「集団犯」と「対抗犯」の2種類があります。
「集団犯」は、内乱罪(刑法77条)や騒乱罪(同法106条)のように、犯罪の構成要件上同一の目標に向けられた多衆の共同行為を要する犯罪をいいます。
「対抗犯」は、重婚罪(同法184条)、贈賄罪・収賄罪(同法197条〜198条)のように、犯罪の構成要件上2人以上の者の互いに対抗した行為を必要とする犯罪をいいます。その双方とも処罰される場合が一般的ですが、わいせつ物頒布・販売罪(刑法175条)のように、対向者の一方のみ(販売者)を処罰する場合もあります(大谷實「刑法講義総論(新版第3版)」(成文堂)368頁)。
グレーゾーン論者が、賭博場開帳罪と(常習)賭博罪が必要的共犯であると主張する根拠の拠り所となるのが、東京地判昭和59年11月5日(刑集最高裁判所刑事判例集40巻6号514頁)です。
同事件では、賭博遊技場経営者に賭博場開帳罪の実行行為が成立すると認められるためには、「経営者の右の個々の賭客との賭博行為の存在を立証する必要がある」として、その理由を以下のとおり掲げています。
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「賭博行為」は、財物を賭して偶然の輸を争う行為であって、相手方たる賭客の存在を必要とする対向的必要的共犯であり、これを処罰する理由は、賭博が「国民をして怠惰浪費の弊風を生ぜしめ、健康で文化的な社会の基礎を成す勤労の美風を害するばかりでなく、甚だしきは暴行、脅迫、殺傷、強盗その他の副次的犯罪を誘発し又は国民経済の機能に重大な障害を与える恐れすらある」(最判昭和二五年一一月二二日刑集四巻二三八〇頁)ことにあるほか、「當事者ノ産ヲ破ル虞アルカ故」(大判昭和四年二月一八日法律新聞二九七〇号九頁)にこれを処罰するのであり、その保護対象が、公益ばかりでなく、個人的な面にも及んでいることを考慮すれば、賭博遊技場経営者の賭博行為を「不特定多数の賭客を相手方とした賭博行為」と広く捉えると、個々の相手方たる賭客の存在があいまいとなり、その賭客の勤労観念や財産等を侵害する点を捨象する点を捨象することになるので、やはり個々の賭客の存在を明らかにし、その賭客との間の賭博行為としての刑事責任を問うべきものと考える。

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気を付けなければならないのは、上記判決は下級審レベル(東京地方裁判所)の判決であるということです。
最高裁判所の判決である最判昭和24年1月11日(最高裁判所裁判集刑事7号11頁)は、以下のとおり、賭博場開帳罪と常習賭博罪を別個独立の犯罪であり、賭博の共犯者中に賭博開帳罪に該当するものがなく、同罪によって処罰されたものがなかったとしても常習賭博罪は成立するものと判示しています。
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常習賭博罪と賭博開張罪とは刑法第一八六条の第一項と第二項とに分けて規定されて居るのであつて、もともと両罪は罪質を異にし、且その構成要件も何ら関聯するところがないのであるから、両罪が同一条下に規定されて居るからと云うて、所論のように不可分の関係にあるものと即断することは出来ないし、又両罪は全然別個の犯罪事実に関するものであるから、所論のように正犯と従犯の関係にあるものでないことも極めて明白であるばかりでなく、被告人両名の賭博常習性の有無は専ら、各被告人個人の習癖の有無によつて決せられることであるから、本件賭博の共犯者中に賭博開張罪に該当するものがなく、又同罪によつて処断されたものがなかつたとしても、それによつて被告人両名に対する常習賭博罪の成立が阻却される理由は少しも存しない。

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_ _本判決は、賭博場開帳罪と(常習)賭博罪が必要的共犯であることを否定した判決であると考えられます。「賭博罪」(刑法185条)と「常習賭博罪」(同法186条1項)の違いは、「常習性」だけですので、本判決に従えば、「賭博場開帳罪」と「賭博罪」についても別個独立の犯罪であると考えられます。筆者はこの裁判の判示が正しいものと考えています。
著名な刑法学者(大谷實、山口敦、前田雅英先生らの著書)の書籍を調べてみた限りでは、「贈賄罪」と「収賄罪」の関係と同様に、「賭博開帳罪」と「(常習)賭博罪」について、「対抗的必要的共犯」であるとするものはありませんでした。
なお、仮に、「賭博場開帳罪」と「(常習)賭博罪」が、上記の東京地方裁判所の判決のとおり、対抗的必要的共犯であったとしても、グレーゾーン論者が主張するとおりの結論となるかについても疑問があります。
上記の東京地方裁判所の判決では、賭博遊技場経営者に賭博場開帳罪の成立のためには、対抗的なプレイヤー(顧客)の賭博行為がなければならないとするものです。海外にサーバーを置くオンラインカジノ事業者については、オンラインカジノ事業者の「賭博場の開帳」とプレイヤーの「賭博行為」というそれぞれの実行行為はいずれも特定しており、仮に属地主義の観点からオンラインカジノ事業者に賭博場開帳罪が成立しないとしても、それに伴って、国内のプレイヤーに(常習)賭博罪が成立しないとまで言えるかについては疑問があります。
贈賄罪・収賄罪のような対抗的必要的共犯について、贈賄者が国外にいて、収賄者が国内にいる場合に、贈賄者に贈賄罪が成立しないからといって、収賄者に収賄罪が成立しないと考えられているか、というとそういう訳ではないと思われます。
この点については、筆者がリサーチした限り、明確に論点として挙げている文献はありませんでした。
しかしながら、筆者は、下記8に掲げるとおり、海外のオンラインカジノ事業者の「賭博場の開帳」は「国内において」行われているものと考えられ、そもそも、必要的共犯か否かは論点にならないものと考えています。
_
8 オンラインカジノは「国内において」行われている(政府の質問主意書に対する答弁書)
筆者は、海外のオンラインカジノ事業者は、日本国内にいるプレイヤーを相手にサービスを提供している以上、「国内において」賭博場を開帳しているものとして、賭博場開帳罪が適用されるものと考えます。
実際、公然わいせつ罪(刑法174条)に関しては、海外サーバーに猥褻な画像をアップロードして有罪となった事件や海外に拠点を置く動画投稿サイトの運営者が有罪となった事件があります。
また、金融庁は、外国の銀行や証券会社がインターネットを通じて、日本国内の顧客に対して、預金や有価証券を勧誘することは、銀行法や金融商品取引法に照らして違法である旨、インターネット上で注意喚起をしております。

「預金口座開設の勧誘に関する注意喚起について」
「無登録の海外所在業者による勧誘にご注意ください」

インターネットを通じて、国内のプレイヤーに対してサービスを提供している以上、「国内において」賭博開帳行為が行われていると考えるべきです。
この点について、平成25年に私の友人で、『銀行の法律知識』(日経文庫)の共著者ある国会議員(階猛衆議院議員)にお願いして「賭博罪及び富くじ罪に関する質問主意書」と題する質問主意書を提出していただきました。その質問部分は以下のとおりです。

一 日本国内から、インターネットを通じて、海外で開設されたインターネットのオンラインカジノに参加したり、インターネットで中継されている海外のカジノに参加することは、国内のインターネットカジノ店において参加する場合だけでなく、国内の自宅からインターネットを通じて参加する場合であっても、刑法第百八十五条の賭博罪に該当するという理解でよいか。
二 上記一の「日本に所在する者」にサービスを提供した者には、国内犯が適用されるか。すなわち、海外にサーバを置いて賭博サービスを提供する業者にも、賭博開帳罪(同法第百八十六条第二項)が成立し得るという理解でよいか。
三 賭博罪の成立要件とされる必要的共犯に関して、共犯者の片方(賭博に参加する者)が国内、もう片方(賭博開帳者)が国外に所在する場合に共犯関係は成立し得るのか。片方を罰する事が出来ない(非可罰的な)状態にあっても、両者による共犯関係を立証することが出来ればもう片方の者の罪は成立し得るのか。
四 日本国内から、インターネットを通じて、代行業者を通じて海外の宝くじを購入する行為は、刑法第百八十七条第三項の「富くじを授受」する行為に該当するという理解でよいか。
五 国内からインターネットを通じて、オンラインカジノに参加する行為や海外の宝くじを購入する行為が賭博罪や富くじ罪に該当し、禁止されていることを国民に周知するための政府広報をすべきではないか。

_
これに対して、政府からは以下の答弁書が出されました。
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一から三までについて
犯罪の成否については、捜査機関が収集した証拠に基づいて個々に判断すべき事柄であることから、政府として、お答えすることは差し控えるが、一般論としては、賭博行為の一部が日本国内において行われた場合、刑法(明治四十年法律第四十五号)第百八十五条の賭博罪が成立することがあるものと考えられ、また、賭博場開張行為の一部が日本国内において行われた場合、同法第百八十六条第二項の賭博開張図利罪が成立することがあるものと考えられる。
四について
犯罪の成否については、捜査機関が収集した証拠に基づいて個々に判断すべき事柄であることから、政府として、お答えすることは差し控えるが、一般論としては、富くじの授受行為の一部が日本国内において行われた場合、刑法第百八十七条第三項の富くじ授受罪が成立することがあるものと考えられる。
五について
御指摘のような観点からの広報については、今後の社会情勢等を踏まえ、慎重に検討してまいりたい。

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オンラインカジノにおける「賭博行為の一部が日本国内において行われた場合、刑法(明治四十年法律第四十五号)第百八十五条の賭博罪が成立することがあるものと考えられ、また、賭博場開張行為の一部が日本国内において行われた場合、同法第百八十六条第二項の賭博開張図利罪が成立する」とされている点が注目されます。
筆者は、この答弁書について、海外のオンラインカジノ事業者についても日本国内でその行為の一部が行われた場合には賭博開帳罪が成立するとした所が非常に大きいと考えております。
また、賭博行為の一部が日本国内において行われた場合には、賭博開帳罪が別件で摘発されているかどうか、すなわち、賭博開帳罪と(常習)賭博罪が対抗的必要的共犯であるか否かは問題にせずに、賭博罪の成立を認めている点も非常に大きな判断であると考えます。

なお、令和2年には、上記の質問主意書と政府答弁を前提として、丸山穂高衆議院議員から「オンラインカジノに関する質問主意書」が提出され、それに対する政府答弁がなされています。(こちらの質問主意書はどちらかというと、オンラインカジノを合法化・推進したいという立場に基づいたものです。)

9 上記3の2件の摘発事例の評価
上記3の1件目の摘発事例(上記3(1))の容疑者は、日本国内の顧客と海外のオンラインカジノ事業者との間の賭け金の入金と払い出しの決済(送金)を行っており、「決済サービスは行ったが、賭博はしていない」と容疑を否認しているようです。警察はこのような決済サービスとオンラインカジノ事業者が「実質的に一体」であると見て摘発したのではないかと思われます。なお、このような送金サービスは、銀行または資金移動業者(100万円相当以下)しか許されませんので、銀行法又は資金決済法違反でもあります。実際、決済サービスとオンラインカジノ事業者は「実質的に一体」であると思われます。私も過去、海外のオンラインカジノ事業者から、資金決済法上の資金移動業者の登録の支援を依頼されたことがありますが、賭博開帳罪・賭博罪の懸念が払しょくできないことから断りました。
上記3の2件目の摘発事例(上記3(2))は、実態が日本人向けのサイトで、「国内で日本人向けカジノが開かれて賭博行為をしている」と判断したとのことであり、上記7で紹介した答弁書の回答に沿った摘発事例です。

10 オンラインカジノのアフィリエーターにも賭博罪の幇助犯が成立する
橋爪隆教授(刑法・東京大学大学院法学政治学研究科教授)の「賭博罪をめぐる論点について」(2022年3月22日・経済産業省・第5回 スポーツコンテンツ・データビジネスの拡大に向けた権利の在り方研究会 資料)によれば、海外で運営されるオンラインカジノに参加する日本の参加者(プレイヤー)に日本の刑法の賭博罪(刑法185条)が成立する以上、これを幇助する行為についても日本の刑法が適用されるとしている(刑法62条1項)。(※橋爪教授は、この場合の日本の参加者(プレイヤー)に賭博罪(刑法185条)が成立することを当然の前提としています。)
いわゆるオンラインカジノのアフィリエーターが行う_「データ等の提供」は、海外事業者によるベッティングの運営を容易にする行為であり、直接 的に参加者の賭博行為を幇助しているわけではないが、「海外事業者による運用を容 易にすることは、当該サービスを利用してベッティングに参加する者の行為を間接的に容 易にしていると評価する余地がある(いわゆる間接幇助)。」「そして、幇助犯の故意としては 正犯者を個別に特定する必要はない」から、日本国内からベッティングに参加する者が一定 数存在する蓋然性が高いと認められる場合に、そのことを認識、認容しながら、データ等の 提供を行い、ベッティングへの参加を容易にしていれば、賭博罪の幇助犯の成立が認められ る可能性があるとしている。

11_ NFT(Non-Fungible Token)のパッケージ販売と賭博罪の成否
近時、NFT(Non-Fungible Token)のパッケージ販売が賭博罪に該当しないか議論がなされている。
(1)NFTパッケージのスキーム
(販売会社によるNFTパッケージの販売)
・有名人(芸能人やアーティスト)、スポーツ団体などとライセンス契約を締結したNFTの販売会社が、自社アプリを通じて、スポーツ選手や芸能人等の写真、動画、絵画等のNFTを無作為に複数抽出した上でパッケージに入れたものを会員ユーザーに販売する。
・NFTはその希少性により種類が分けられる。パッケージの値段も異なる。
・会員ユーザーはパッケージ購入前に当該パッケージに含まれる個々のNFTを確認できない。
・NFT販売会社は個々のNFTの販売は行わない。
(二次流通市場)
・会員ユーザーは二次流通市場で自身の個々のNFTを転売し、換金可能である。二次流通市場での取引価格は会員ユーザーが自由に設定できる。
・会員ユーザーは二次流通市場でNFTのパッケージ販売はできない。
・NFT販売会社は転売の際に取引金額の数%程度を手数料として徴収。
・NFT販売会社は二次流通市場でNFTの販売しない。パッケージに含まれるNFTを会員ユーザーから買い戻すこともしない。
・個々のNFTの中で人気なものは、20万ドルなど高額で取引(転売)されるものもある。

〇NFT(Non-Fungible Token)のパッケージ販売の例

※参考:平尾覚ほか「NBA Top Shotと類似したサービスの提供と賭博罪の成否」について(2022年3月22日・経済産業省・第5回 スポーツコンテンツ・データビジネスの拡大に向けた権利の在り方研究会 資料)

(2)問題の所在
パッケージの中のNFTの一部には、希少性があり、高額で転売されるものがある。高額で転売可能なNFTが取得できるか否かについて、購入者間では「勝ち負け」がある。また、二次取引市場がある場合には、「勝ち負け」が経済的な利得・損失として実現する。
賭博罪(刑法185条)の構成要件である「偶然性」に関しては、NFTのパッケージの中身は分からず、いかなるNFTが取得できるかは「偶然」に左右されるので、「偶然性」は否定できない。

(3)「得喪を争う」関係の有無
(賭博罪の成立を認める見解)_得喪を争う関係を肯定
・NFTの販売行為と二次流通市場における転売行為を一体的に捉える。
・販売者が二次流通市場も併設しており、当該市場取引によりNFTの客観的な価値は、実際の販売価格とは別個独立に、二次流通市場で明確に算定可能。

(賭博罪の成立を否定する見解)_得喪を争う関係を否定
・二次流通市場における価格形成は、NFTを販売する際の価格設定とは別個独立に行われる。
・転売価格は常に変動する可能性があり、転売価格が取得価格を下回るからといって、直ちに、NFTの販売時の客観的価値が取得価格を下回っている評価が導かれるわけではない。
・NFTの販売行為と二次流通市場における転売行為は主体が異なり、一体的に評価をする点無理がある。

※参考:橋爪隆教授(刑法・東京大学大学院法学政治学研究科教授)の「賭博罪をめぐる論点について」(2022年3月22日・経済産業省・第5回 スポーツコンテンツ・データビジネスの拡大に向けた権利の在り方研究会 資料)

12 オンラインカジノ(ネットカジノ)の今後
筆者自身もオンラインカジノ(ネットカジノ)の存在自体に反対するものではありません。むしろ、ビットコインや近時のNFT等の暗号資産を用いたFinTec等のイノベーションが進んでいく中で、オンラインカジノ(ネットカジノ)を否定することは難しいかもしれません。
しかしながら、そのためには、IR整備法に見られるような合法化のための法制化、特に賭博依存症対策、反社対策、マネー・ローンダリング対策等の議論を乗り越えなければ難しいと思われます。
ランドベースのカジノの導入について四苦八苦している現状からすれば、日本においてオンラインカジノ(ネットカジノ)の合法化の議論がなされるのは時期尚早でしょう。
この点、上記8で紹介した令和2年の丸山穂高衆議院議員の質問主意書における「五 刑法の賭博罪は、明治四十年に制定され、インターネットが存在しなかった時代の法規範となっている。インターネット利用を想定した現在の実態に合わせた新たな法律を定める必要があると考える。政府の見解は如何なるものか、回答されたい。」「六 世界各国においてはオンラインカジノを合法化し財源にしている国も多数ある。今後、我が国においてオンラインカジノの合法化の検討を行うことはあり得るのか、政府の見解を問う。」との質問に対して、政府の答弁書は、「御指摘の「インターネット利用を想定した現在の実態に合わせた新たな法律」及び「オンラインカジノの合法化」の意味するところが必ずしも明らかではないが、いずれにしても、現時点で、政府として、刑法(明治四十年法律第四十五号)第百八十五条の賭博罪等の規定を改正することは検討していない。」としているところです。

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速報:職業紹介事業の許可基準の改正案

2022/05/26

_ _職業安定法の一部改正を含む「雇用保険法等の一部を改正する法律」(令和4年法律第12 号。以下「改正法」という。)が令和4年3月31日に公布され、職業安定法に関する改正は令和4年10月1日に施行されることになります。_改正職業安定法については、『改正職業安定法(逐条解説)(令和4年4月26日改訂版)〜届出書の様式例・リコメンドの判断基準求人メディア等のマッチング機能の質の向上〜』をご覧ください。
_ _ これに伴い、職業安定法31条1項各号に定める職業紹介事業の許可基準について、適正な許可を行うための基準として運用する「職業紹介事業の業務運営要領」(平成11年11月17日付け職発第815号)についても、所要の改正を行う必要があり、令和4年5月25日に厚生労働省職業安定局需給調整事業課からパブリックコメント「職業紹介事業の許可基準の改正について」が公表されました(意見募集締切:令和4年6月23日)。
_ _本ニュースレターでは、職業紹介事業における個人情報の取扱いの実務に焦点を当てて解説いたします。

速報:職業紹介事業の許可基準の改正案
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本ニュースレターに関して、ご質問・ご相談がありましたら、下記にご連絡ください。
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弁護士法人三宅法律事務所
弁護士・社会保険労務士 渡邉 雅之
TEL:03-5288-1021
Email:m-watanabe@miyake.gr.jp

_第1.改正の概要
1.個人情報の適切な保護に関する措置の追加
_ _職業安定法31条1項2号の要件(「個人情報を適正に管理し、及び求人者、求職者等の秘密を守るために必要な措置が講じられていること。」)について、「個人情報を適正に管理し、及び求人者、求職者等の秘密を守るために必要な措置」として以下のものを加えられます。
(1)職業安定法5条の5第1項の規定により業務の目的を明らかにするに当たっては、求職者の個人情報がどのような目的で収集され、保管され、又は使用されるのか、求職者が一般的かつ合理的に想定できる程度に具体的に明示すること。
(2)個人情報を収集する際には、本人から直接収集し、本人の同意の下で本人以外の者から収集し、又は本人により公開されている個人情報を収集する等の手段であって、適法かつ公正なものによらなければならないこと。
(3)職業安定法5条の5第1項又は法に基づく指針の規定により求職者本人の同意を得る際には、次に掲げるところによること。
(ア)同意を求める事項について、求職者が適切な判断を行うことができるよう、可能な限り具体的かつ詳細に明示すること。
(イ)業務の目的の達成に必要な範囲を超えて個人情報を収集し、保管し、又は使用することに対する同意を、職業紹介の条件としないこと。
(ウ)求職者の自由な意思に基づき、本人により明確に表示された同意であること。
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_ _職業安定法31条1項2号の要件(「個人情報を適正に管理し、及び求人者、求職者等の秘密を守るために必要な措置が講じられていること。」)について、「個人情報を適正に管理し、及び求人者、求職者等の秘密を守るために必要な措置」として以下のものを加えられます。

〇ポイント

個人情報保護法上も「個人情報の取得」については「利用目的をできるだけ特定しなければならない」(同法17条1項)とされているが、職業紹介業については、「業務の目的」について、「求職者の個人情報がどのような目的で収集され、保管され、又は使用されるのか、求職者が一般的かつ合理的に想定できる程度に具体的に明示」することが求められる。これにより、インターネット上で職業紹介業を行う場合には、求職者の個人情報の利用目的も記載した「利用規約」等を単に「読ませた」(同意をさせる場合を含む)だけでは足りなくなる可能性がある。求職者の個人情報の利用目的(第三者提供を含む)について、求職者が認識できるよう「具体的に明示」することが求められるようになる。

個人情報の収集は、�@本人から直接収集、�A本人の下で本人以外の者から収集、�B本人により公開されている個人情報を収集する等の手段であって、適法かつ公正なものによらなければならない。求職者本人からの直接収集の場合は、利用目的(業務の目的)を明示することは求められるが、求職者本人の同意は必ずしも求められていないが、「適法かつ公正」というためには、利用目的を求職者が認識できるよう「具体的に明示」して求職者本人の同意を取得するのが望ましいだろう。

「求職者本人の同意」については、個人情報保護法にはないレベル(GDPR(EU一般データ保護規則)に近いレベル)の同意が求められる。

�@同意が求める事項を可能な限り具体的かつ詳細に明示すること(インフォームドコンセントに近い)
�A業務の目的の達成を超えた収集・保管、使用の同意を職業紹介の条件とすることが禁じられる。これも「同意の任意性」の一種であるが、いわゆるレコメンド機能が「業務の目的の達成を超えているか否か」は論点になり得るだろう。
�B求職者本人の「自由な意思」に基づく、「明確に表示された」同意が求められる。「同意の任意性」および「明確な同意」を求めている。レコメンド機能の利用を拒否した場合にも職業紹介サービスを受けられるようにするとともに、そのことがウェブサイト上も明確になるようにしなければならない。

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2.求人等に関する情報の的確な表示に関する内容を含む業務運営規程の整備
職業安定法31条1項3号の要件(「前二号に定めるもののほか、申請者が、当該事業を適正に遂行することができる能力を有すること。」)のうち、業務の運営に関する規程の要件について、職業安定法5条の4(求人等に関する情報の的確な表示)に関する内容を含む業務の運営に関する規程を有し、これに従って適正に運営されることとする。
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〇ポイント

職業紹介業を営む場合、「求人等に関する情報の的確な表示に関する内容を含む業務運営規程」を整備することが求められる。

具体的には指針で定められるが、�@求人等に関する情報に虚偽の表示又は誤解を生じさせる表示をしてはならないこと、�A広告等により労働者の募集に関する情報・求人等に関する情報を提供するときは、正確かつ最新の内容に保つための措置を講じなければならないこと、を社内規程において定める必要がある。

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ACCESS 所在地
弁護士法人 三宅法律事務所  MIYAKE & PARTNERS

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