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トピックス・法律情報

『パワーハラスメントは雇用主の責任?』

2008/07/01

(執筆者:弁護士 荻野伸一)
【Q.】 パワハラ対策は必要ですか?
女性社員の多い当社ではセクハラ対策を徹底していますが、「パワハラ」についても注意しなければいけないと聞きました。労災に発展する可能性もあるそうですが、雇用主も責任を問われることがあるのでしょうか?
また、必要な対策法はありますか?
【A.】
1.はじめに
近時、職権を利用した嫌がらせ(パワーハラスメント、以下「パワハラ」)が注目されています。パワハラが起こった場合、民事上、直接の加害者が不法行為に基づき損害賠償を請求されるだけではなく、その雇用主も損害賠償責任(使用者責任、安全配慮義務違反の責任)を負う可能性があります。
また、パワハラによって社内の士気が低下したり、貴重な人材(被害者・加害者等)が退職したり、報道等により会社の名誉・信用が失墜するといった事態も生じ得ます。
2.パワハラとは
パワハラについての法律上の定義はありませんが、一般的には「職場での力関係を背景にした嫌がらせ」を指します。理由もなく仕事をさせない・同僚の面前で罵倒する等の精神的苦痛を与える言動のほか、就業後の飲み会への参加の強制や必要以上の執拗な説教等もパワハラにあたる可能性があります。
裁判では、上司の裁量権を逸脱するような言動であったか否かによってパワハラの成否が決せられていますが、具体的に何がパワハラにあたるかについて明確な基準があるわけではありません。このため、上司がパワハラを恐れる余り、部下の言動や職務遂行についての注意・指導を躊躇する可能性がありますが、そのような事態は管理職としての役割を放棄することとなり、問題です。業務と無関係な部下の欠点を非難する等の人格攻撃に及ばない、個人的感情を前面に出さない、注意する場所や言い方を考える等の配慮が必要であるとしても、正当な業務上の注意・指導は当然行うべきです。
3.パワハラによる労災と雇用主の対策
昨年、パワハラを原因とした自殺を労災と認めた判決がありました(静岡労働基準監督署長事件判決:東京地判平成19年10月15日)。同判決では、上司からパワハラ(「お前は会社を食いものにしている」「肩にフケがベターっと付いている」等の上司の言動)を受けていた部下が精神障害を発症し自殺したという事案について、部下の精神障害が業務に起因するものなのかどうか(パワハラによるものなのか)が争点となりました。
判決は、この点について、まず「上司とのトラブルに伴う心理的負荷が、企業等において一般的に生じ得る程度のものである限り、社会通念上客観的にみて精神障害を発症させる程度に過重であるとは認められない」が、「そのトラブルの内容が、上記の通常予定されるような範疇を超えるものである場合には、従業員に精神障害を発症させる程度に過重であると評価される」としました。
その上で、�@上司の言動が過度に厳しいこと、�A上司の部下に対する態度に嫌悪の感情の側面があること、�B上司が、部下に対して極めて直截なものの言い方をしていたこと、�C勤務形態が、上司とのトラブルを円滑に解決することが困難な環境(加害者以外の社員との接点が少なく、ほかの社員が部下の異常に気付きにくい職場環境)であったことを認定し、上司の言動による部下の心理的負荷は、一般的に生じ得る程度を超えているとしています。ここで注意すべきは、パワハラそのものの程度や加害者の意図だけではなく、職場環境等の背景事情も考慮された点です。
管理職各人がパワハラを行わないように注意するだけでなく、雇用主としても、パワハラを未然に防ぎ、万一パワハラが起こった場合にも重大な結果が生じないよう早期に対応することが望ましいと考えられます。
具体的には、管理職研修でパワハラについて取り上げる、就業規則の服務規律や懲戒の項目にパワハラに関する事項を明記する、パワハラに関する相談窓口を設ける等の対策を行うことが有用でしょう。
(以上)

『経営者なら知っておきたい「管理職」と残業手当』

2008/06/01

(執筆者:弁護士 井上響太)
【Q.】「管理職」の定義とは?
先日、大手ファストフードチェーンの店長が、「『管理職』扱いにすることで時間外手当を支払わないのは違法だ」として、会社に未払い残業代や慰謝料などの支払いを求めた訴訟がありました。
そもそも、「管理職」とはなんでしょうか? その基準がありましたら、教えてください。
【A.】
1.はじめに
ご質問の通り、平成20年1月28日、上記の訴訟で東京地方裁判所は、被告に約755万円の支払いを命じました。本判決は、「被告における店長は、その職務の内容、権限及び責任の観点からしても、その待遇の観点からしても、管理監督者に当たるとは認められない」と判断したものです。
被告は、本判決を不服とし控訴したものの、本判決はファストフード業界を超えて広い範囲に影響を与えるとの報道もなされており、社会的にも大きな関心が集まっています。
2.管理職と管理監督者
★管理職と管理監督者は別物
一般に「管理職」といわれますが、労働基準法では、「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者」(以下「管理監督者」)と規定されており(労働基準法41条2号)、「管理職」と「管理監督者」は全く別のものです。
管理監督者には、労働基準法上の労働時間等に関する労働者保護の規定はほぼ適用されません。企業では、部長・課長などを管理職とし、管理監督者にあたるとし、時間外勤務手当等を支給せず、代わりに、管理職手当等を支給することが多いようです。
★管理職=管理監督者?
では、いわゆる「管理職」は労働基準法の「管理監督者」にあたるのでしょうか。
まず、役職名は重要ではないことに注意してください。同じ役職名であっても、会社によって、部下の人数、職務権限、待遇等が大きく異なるからです。
そこで、管理監督者に当たるかどうかは、会社ごとに、具体的な権限や仕事の内容に即して判断することになります。これまでの裁判例でも、厚生労働省通達の解釈に沿った形で、管理監督者とは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にある者をいい、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきなどとしています。
3.判決の内容
今回の判決で、概略、管理監督者とは、経営者との一体的な立場において、労働基準法の定める労働時間等の枠を超えて事業活動をすることを要請されてもやむを得ないといえる重要な職務と権限を付与され、また、賃金等の待遇やその勤務態様において、他の一般的労働者に比べて優遇措置が取られており、当該労働者の保護に欠けるところがないといえる立場にある者とされています。
しかしながら、被告における店長は、
�@店舗の責任者として、アルバイトの採用の決定など店舗運営において重要な職責を負ってはいるものの、店長の職務権限は店舗内の事項に限定され、経営者との一体的な立場にあるとはいえないこと
�A形式的には労働時間に裁量があるものの、実際には、店長自らシフトマネージャーとして勤務せざるを得ず、労働時間の自由裁量がないこと
�B管理監督者として扱われている店長が、そうではないファーストアシスタントマネージャーに比べて、必ずしも賃金等が優遇されているとはいえないこと
などを理由に、管理監督者にはあたらないと判断しています。
4.おわりに
本判決は、店長に一定の職務権限及び優遇措置が与えられていることは認めつつも、管理監督者というには、なお不十分だと判断した点で、注目すべき判決と思われます。
さらに厚生労働省は、全国の労働局に、本件のような「名ばかり管理職」の問題について企業に対する監督を徹底するよう通達しており、「管理職」をおく一般企業においても、控訴審の動向を注目する必要があります。
(以上)

『インターネット上での誹謗中傷等への対処』

2008/05/01

(執筆者:弁護士 荻野伸一)
1.はじめに
インターネットの普及に伴い、近年、インターネット掲示板等への書き込みによる誹謗中傷例が増えています。このような書き込みは、閲覧者に真実であるかのように受けとられ、企業の信用失墜等を招くことにもなりかねません。
このような事態に対する法的な対処方法としては、民事上は当該書き込みを行った者に対する損害賠償請求や当該書き込みの削除請求・差止請求等が考えられます。これらの請求には、書き込みを行った者の特定が必要ですが、インターネットにおける匿名性が障害となって、多くの場合、被害を受けた企業が書き込みを行った者を特定することは困難です。
2.プロバイダ責任制限法
上記のような状況を考慮し、書き込み等の被害者が法的救済を求める手段を確保しようとするものとして、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(以下「プロバイダ責任制限法」)があります。
同法3条は、インターネット掲示板等への書き込み等により特定人の権利が侵害された場合に、掲示板管理者やインターネットサービスプロバイダ等(以下あわせて「プロバイダ等」)が損害賠償責任を負う場合について明確化することで、プロバイダ等が、被害者から当該書き込み等を削除するよう要請された際に、任意に適切な対応を行うことを促しています。
また、同法4条1項は、被害者がプロバイダ等に対して、�@権利侵害が明確であること(1号)、�A開示を受ける正当な理由があること(2号)の要件を満たす場合には、書き込みを行った者(以下「発信者」)の情報開示を求めることができる旨を定めています。
3.発信者情報開示手続き
発信者情報開示請求手続きは、プロバイダ等に対して、その管理する特定電気通信設備(掲示板の名称やURL等)、掲載された情報、侵害された権利、権利が明らかに侵害されたとする理由、発信者情報の開示を受けるべき正当理由、開示を請求する発信者情報および証拠を記載した発信者情報開示請求書等を提出して行います。手続きの詳細については、プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会「プロバイダ責任制限法 発信者情報開示関係ガイドライン」に定められています。
具体的には、まず、�@当該掲示板の管理者に対して、発信者情報の開示請求を行います(�@請求)。しかし、掲示板管理者は通常、発信者の経由プロバイダ等に関する情報しか保有していないため、�@請求では発信者の住所や氏名等、発信者を特定するために必要な情報を得られないことがよくあります。そのようなときには、その後、�A発信者の経由プロバイダに対しても、発信者情報の開示請求を請求することになります(�A請求)。
4.望ましい対処方法
発信者情報開示手続きの概要は以上のとおりですが、掲示板管理者が任意に開示請求に応じない等により、上記�@請求が長引いた場合、その間に経由プロバイダが発信者のアクセス情報を削除してしまい、�A請求を行っても発信者を特定できないことがあります。
また、インターネット掲示板等における書き込みは、掲載期間が長くなると被害が無限に拡大していく傾向があります。したがって、インターネット掲示板等への書き込みに対しては迅速に対応することが重要です。また、早期に開示を受けるために、発信者情報開示の仮処分命令申立等の法的措置が必要となる場合もあります。
(以上)

『知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針』

2008/04/01

(執筆者:弁護士 竹田千穂)
1 はじめに
独占禁止法21条は,著作権法,特許法,実用新案法,意匠法または商標法(以下「知的財産法」といいます。)による「権利の行使と認められる行為」には独占禁止法の適用がないとしています。しかしながら,技術の利用に係る制限行為は無制限に認められるものではなく,同法の適用によりかかる制限行為が違法とされるケースもあります。
公正取引委員会は,その解釈指針として平成11年に公表した「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針」(以下「旧指針」といいます。)を今般改定し,平成19年9月28日に「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」(以下「新指針」といいます。)を公表しました。そこで,今回は新指針の主なポイントを説明します。
2 対象となる知的財産の拡大(新指針 第1の2(1))
旧指針は,その対象を「特許又はノウハウとして保護される技術」に限定していましたが,新指針は,「知的財産のうち技術に関するもの」(「特許法,実用新案法,半導体集積回路の回路配置に関する法律または種苗法によって保護される技術,著作権法,意匠法によって保護される技術並びにノウハウとして保護される技術」)に拡大しました。
3 競争減殺効果の考え方についての横断的記述(第2の2〜5)
旧指針は,独占禁止法の適用により技術の利用に係る制限行為が違法とされる行為を必要に応じて行為ごとに記述していたのに対し,新指針は,競争に及ぼす影響を分析する際の基本的な考え方を,市場・競争減殺効果の分析方法の別に横断的に記述するとともに,同効果への影響が大きい場合及び同効果が軽微な場合の例を明らかにしました。
すなわち,新指針は,競争減殺効果の分析方法について,「制限の内容及び態様,当該技術の用途や有用性のほか,対象市場ごとに当該制限に係る当事者間の競争関係の有無(注7 制限行為前から当事者が競争関係にある場合,ライセンスにより初めて競争関係を生じる場合及びライセンスによっても競争関係を生じない場合が考えられる。),当事者の占める地位(シェア,順位等),対象市場全体の状況(当事者の競争者の数,市場集中度,取引される製品の特性,差別化の程度,流通経路,新規参入の難易性等)及び制限を課すことについての合理的理由の有無並びに研究開発意欲及びライセンス意欲への影響を総合的に勘案し,判断する」ことを明らかにしています。
また,新指針においては,競争減殺効果が軽微な場合の例として,�@製品市場における競争への影響については,製品シェアが20%以下の場合,�A技術市場における競争への影響については,a.製品シェアを用いることが適当な場合には同シェアが20%以下である場合,b.製品シェアが算出不能または同シェアを用いることが適当でない場合には代替技術事業者数が4以上である場合を挙げています。
なお,市場シェアが低い等の場合であっても独占禁止法上問題となりうることがある行為,すなわち,「製品の販売価格,販売数量,販売シェア,販売地域若しくは販売先に係る制限,研究開発活動の制限又は改良技術の譲渡義務・独占的ライセンス義務を課す場合」には以上の考え方は適用されないとしています。
4 技術を利用させないようにする行為(第2の1,第3の1(1),第4の2)
旧指針は,特許及びノウハウのライセンス契約に伴う制限についての考え方を明らかにしていましたが,新指針は,技術に権利を有する者が技術を利用させないようにする行為についての考え方を示しています。
すなわち,新指針は,独占禁止法21条については,旧指針と同様,知的財産制度の趣旨を逸脱し,又は同制度の目的に反すると認められる場合には独占禁止法が適用されるとしたうえで,技術を利用させないようにする行為について,「他の事業者に対してライセンスを行わない行為や,ライセンスを受けずに当該技術を利用する事業者に対して差止請求訴訟を提起する行為は権利の行使とみられる行為であり,通常は,それ自体では問題とならない」が,例えば,パテントプールを形成している事業者が新規参入者や特定の既存事業者に対するライセンスを合理的理由なく拒絶するなど知的財産制度の趣旨を逸脱していると認められる場合には,独占禁止法が適用されるとしています。  
(以 上)

『事業承継における事業用資産の円滑な承継』

2008/03/01

(執筆者:弁護士 鈴木基之)
1.はじめに
わが国の中小企業経営者の個人資産のうち、事業用資産が占める割合は約70%に上ります。他方、中小企業においては、経営者の親族が後継者となる場合が極めて多いのが現状です。したがって、中小企業における事業承継では、後継者である親族に対する事業用資産の承継が中心となると考えられます。
2.事業用資産の承継の重要性
中小企業における事業承継に当たっては、安定的な経営を図るため、事業用資産、とりわけ自社株式を後継者に集中させる必要があります。また、事業承継においては、キャッシュフローへの影響、会社の信用維持等の見地から、迅速性・円滑性が要求されますし、後継者の地位の安定等の見地から、法的安定性も要請されます。
しかしながら、現経営者が生前に対策を講じないまま死亡した場合、事業用資産を含む当該経営者の個人資産は相続財産となりますが、後継者以外に相続人が存在する場合には、事業用資産を後継者に集中させることができなくなるおそれがあります。また、相続人間で相続財産をめぐる紛争が生じた場合、これを解決するまでに相当長期にわたる時間と労力を費やす事態となることは避けられません。
したがって、迅速かつ円滑に事業承継を進めるためには、後継者に事業用資産を円滑に承継させる対策を講じておく必要があります。
3.事業用資産の承継方法
後継者に事業用資産を承継させる方法としては、生前贈与、遺贈、死因贈与等が考えられます。生前贈与とは、現経営者が後継者に対し生前に事業用資産を贈与する方法で、遺贈とは、現経営者が生前に遺言を作成し、これに基づいて後継者に対し事業用資産を承継する方法をいいます。また、死因贈与とは、現経営者が、後継者との間で、自らの死亡によって効力を生ずる贈与契約を締結することにより、事業用資産を承継する方法を指します。
もっとも、民法は遺留分制度(一定の法定相続人に法定相続分の一部を保障する制度)を採用しており、遺留分権利者(被相続人の兄弟姉妹以外の親族)は、自らの遺留分を保全するのに必要な限度で、遺留分の侵害者に対し、遺贈及び贈与の減殺(取戻し)を請求できるとされています(民法1031条)。そして、生前贈与、遺贈、死因贈与のいずれについても、遺留分減殺の対象とされる可能性があることから、後継者への事業用資産の集中が阻害されるおそれがありますし、法的安定性の点でも問題があるといえるでしょう。
4.円滑な承継方法とは
生前贈与、遺贈、死因贈与には、上記のような問題点があることから、現経営者が、後継者に対し、生前に事業用資産を売却する方法を採るのが望ましいと考えられます。
この方法は、当事者(現経営者及び後継者)のみによって早期に実現することができるため、迅速かつ円滑な承継方法であるといえます。また、遺留分制度等による制約を受けないため、後継者への事業用資産の集中を図ることが可能ですし、法的安定性も高いことから、事業用資産の承継方法としてはもっとも優れているといえるでしょう。
ただし、売買という方法を採る以上、後継者が現経営者に対して事業用資産の代金を支払う必要がありますし、譲渡所得税が発生することにも留意する必要があります。また、個人間の売買の場合、事業用資産の代金が時価に比べて著しく低額である場合には、課税上、代金と時価との差額に相当する金額については贈与したものとみなされる可能性があることにも注意する必要があるでしょう。
そこで、売買という方法を採る場合には、売買契約書を作成するなど、なるべく文書化に努め、売買という形式を整えておく必要があります。また、事業用資産の評価が低い場合等には、役員報酬等により、後継者に事業用資産を少しずつ買い取らせるなど、長期的・計画的に売買を進めることも検討しなければならないでしょう。
(以上)

『ABLの現状と課題について』

2008/02/01

(執筆者:弁護士 佐藤竜一)
1.はじめに
ABL(=Asset Based Lending)とは,企業が保有する動産(在庫・機械設備)や売掛債権などの事業収益資産を担保として融資する手法です。我国においては,未だ利用が進んでいませんが,資金調達の多様化の観点から,近年,借り手,貸し手の双方に注目されているところです。今回は,ABLの現状と課題について概説します。
2.ABLが注目されるようになった背景
会社の資金調達の手法としては,新株発行や社債発行がありますが,こうした資金調達ができるのは,一定規模以上の会社に限られます。多くの中小企業にとっては,不動産を担保とした借入や,個人保証を付すことによる借入が,これまでの資金調達の主たる方法でした。しかし,統計調査によると,我国の企業全体が保有する売掛債権については,不動産と同程度の,在庫動産については半分を超える価値があるとされています。そこで,企業の有する流動資産の活用が資金調達の面から注目されるようになったのです。特に優良な商品を作りながら担保価値のある固定資産を有さない中小企業にとって,ABLは,有効な資金調達手段となりうるものとして期待されているのです。
3.ABLの広がりを支える法制度の整備
平成17年10月動産債権譲渡特例法が施行され,動産についての譲渡登記制度が創設されました。これによって,それまで第三者に対して占有改定という外から見て分かりにくい方法でしか対抗できなかった動産譲渡担保が,登記により第三者に対抗できるようになりました。
また,「中小企業信用保険法の一部を改正する法律」が施行されたことにより,平成19年8月から,信用保証協会による流動資産担保融資保証制度の取り扱いが始まりました。これは,従来の売掛債権担保融資保証制度の担保に,在庫商品や製品在庫等の棚卸資産が付加されたものです。
このようにABLの広がりを支える法制度が次第に整備されてきています。
4.ABLの具体的手法
ABLの具体的手法は,様々ですが,例えば,金融機関が,在庫動産,売掛債権,預金を一体的に担保に取って融資する「流動資産一体担保型融資」という手法があります。これは,金融機関が,融資先会社の有する在庫動産を集合物動産譲渡担保として,売掛金債権を将来債権譲渡担保として,売掛金の振込口座に係る預金債権を質権という形で担保設定し,会社に融資を行うものです。いずれの目的物も価値が変動するものなので,金融機関は,融資先会社の経営状態を常に確認しておくこと(モニタリング)が必要とされています。また,借り手会社も,モニタリングされることにより,緊張感を持った経営が求められることになります。
5.ABLの課題等について
ABLが広く普及するためには,動産在庫の評価手法が確立することが必要です。経済産業省開催のABL研究会が平成18年3月に取りまとめた「ABL研究会報告書」では,動産鑑定士制度の導入の必要性が指摘されているところです。また,動産譲渡担保の実行の場面に関しては,対象資産の散逸を防ぐための,保全処分の迅速化が必要と言われています。
ABLは,まだ黎明期にあり,これ以外にも様々な課題を抱えています。しかし,ABLは,中小企業の資金調達の多様化にとって有用な制度といえ,今後利用が進むことが期待されています。
(以上)

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