成年後見制度の「補助」への一元化と保管証書遺言の創設― 預金取扱金融機関の実務対応 ―(民法改正ニュース No.1)(PDF版)
平素より大変お世話になっております。
令和8年6月17日、「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)及び「民法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(同第46号)が成立し、同月24日に公布されました(官報号外第138号)。
本改正は、後見及び保佐の制度を廃止して補助の制度に一元化し、本人にとって必要な範囲・必要な期間に限って制度を利用できるようにするものです。成年後見制度の創設(平成11年改正)から26年を経た抜本改正であり、「成年後見人=包括代理」という長年定着した前提が失われます。
遺言制度についても、パソコン等で作成し法務局において保管する保管証書遺言が創設され、押印要件が廃止されるほか、特別の方式の遺言に録音及び録画を用いる新たな方式が追加されます。
本ニュースレターでは、法制審議会の要綱案、法務省公表資料及び衆参両院法務委員会の附帯決議を踏まえ、改正の内容と、預金取扱金融機関の窓口・事務・与信・相続実務への影響を整理いたします。末尾には部門別・時期別の対応チェックリストを付しております。
以下の解説動画・解説資料もご参考ください。
【解説動画・解説資料】「包括代理」が、消える。成年後見・遺言の大改正と金融実務
令和8年7月30日
弁護士法人三宅法律事務所
| *本ニュースレターに関するご質問・ご相談がありましたら、下記にご連絡ください。 弁護士法人三宅法律事務所 弁護士 渡邉雅之(執筆者) TEL 03-5288-1021 FAX 03-5288-1025 Email: m-watanabe@miyake.gr.jp |
成年後見制度の「補助」への一元化と保管証書遺言の創設
― 預金取扱金融機関の実務対応 ―
【目次】
1 3行でわかる本改正と金融実務のインパクト
2 改正の背景――なぜ今、抜本改正なのか
3 法定後見制度――現行3類型はこう変わる
4 任意後見制度の見直し
5 遺言制度の見直し
6 犯罪収益移転防止法の本人確認実務への影響
7 施行スケジュールと経過措置
8 国会附帯決議――施行後の運用を左右する論点
9 預金取扱金融機関の対応チェックリスト
10 おわりに
1 3行でわかる本改正と金融実務のインパクト
令和8年6月17日、「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号。以下「改正法」という。)及び「民法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(令和8年法律第46号。以下「整備法」という。)が成立し、同月24日に公布された(官報号外第138号)。成年後見制度の創設(平成11年改正)から26年を経た抜本改正である。
【図表1 本改正の3本柱と金融実務へのインパクト】
| 何が変わるか | 施行時期 | 金融実務への一言 | |
| ① | 後見・保佐が廃止され「補助」に一元化される。必要な範囲・必要な期間だけ使う制度になる | 公布から2年6月以内 | 「後見人=包括代理」の前提が消滅する。窓口・システム・規程の全面改訂が必要 |
| ② | 遺言の押印が不要になる(自筆証書・秘密証書・特別の方式) | 公布から1年以内 | 相続手続における自筆証書遺言の形式審査基準を変更する必要がある |
| ③ | パソコン等で作成し法務局が保管する「保管証書遺言」が新設される | 公布から3年以内 | 検認不要・電磁的記録の証明書を前提とした相続預金払戻し実務へ移行する |
2 改正の背景――なぜ今、抜本改正なのか
本改正は、次の4つの立法事実が重なって実現したものである。
【図表2 改正を促した4つの立法事実】
| 背景 | 具体的な内容 | 改正での対応 |
| ① 制度が使われていない | 認知症高齢者が600万人規模と推計される一方、成年後見制度の利用者は令和7年12月末時点で約25.7万人にとどまる(後見18万0828人、保佐5万8162人、補助1万8078人)。うち後見類型が約7割を占め、最も制限の緩い補助は約7%にすぎない | 補助への一元化 |
| ② 「終われない」制度 | 遺産分割や不動産処分といった当初の利用動機が達成されても、事理弁識能力が回復しない限り本人の死亡まで継続する。これが利用をためらう最大の要因と指摘されてきた | 必要がなくなれば取消し可(12条) |
| ③ 障害者権利条約12条との緊張 | 令和4年、国連障害者権利委員会は日本に対する初の総括所見において、意思決定を代行する制度を廃止する観点から民法を改正すべき旨を勧告した。後見類型の包括的代理権に対する懸念が示されている | 包括的代理権の廃止 |
| ④ 高齢化・単身世帯化とデジタル化 | 単身高齢者世帯の増加により遺言のニーズが増加・多様化する一方、自筆証書遺言は手書きの負担が大きい。押印慣行の変容、所有者不明土地問題への対応も背景にある | 保管証書遺言の創設、押印の任意化 |
| 預金取扱金融機関の実務への影響 | ||
| ・②の解消により、「遺産分割のためだけ」「実家売却のためだけ」というスポット利用が大幅に増える見込みである。相続預金の解約、売却代金の入金、その後の制度終了という短期サイクルの取引が常態化する。 ・①の裏返しとして、判断能力が低下していても成年後見制度を利用していない顧客は今後も大量に存在し続ける。制度に乗らない層への対応(代理人届、預金者保護、水際対応)の重要性はむしろ増す。 | ||
本改正の立法過程は、令和6年2月の法務大臣諮問に始まり、法制審議会の2つの部会(民法(成年後見等関係)部会及び民法(遺言関係)部会)における約2年の調査審議を経ている。国会審議においては、衆議院及び参議院のいずれの法務委員会でも附帯決議が付された。法律番号、審議経過、公布日及び見直し規定は、図表3のとおりである。
【図表3 改正法の基本情報と審議経過】
| 項目 | 内容 |
| 法律名 | 民法等の一部を改正する法律(改正法)/同法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(整備法) |
| 法律番号 | 令和8年法律第45号/同第46号 |
| 諮問 | 令和6年2月(法制審議会)。同年4月から民法(成年後見等関係)部会・民法(遺言関係)部会で調査審議 |
| 要綱答申 | 令和8年2月(法制審議会第204回会議) |
| 閣議決定・提出 | 令和8年4月3日(第221回国会・閣法第43号) |
| 衆議院 | 5月15日付託 → 5月22日法務委員会可決(附帯決議22項目)→ 5月26日本会議可決 |
| 参議院 | 6月1日付託 → 6月16日法務委員会可決(附帯決議20項目)→ 6月17日本会議可決・成立 |
| 公布 | 令和8年6月24日(官報号外第138号) |
| 見直し規定 | 施行後3年を経過した場合に検討を加える(附則10条) |
3 法定後見制度――現行3類型はこう変わる
改正法は、後見開始の審判及び保佐開始の審判を廃止し、精神上の理由により事理弁識能力が不十分である者の全てについて補助開始の審判をすることができるものとした(新民法7条)。補助開始の審判は、同意権付与・特定補助人・代理権付与のいずれかの審判と同時にしなければならない。制度の骨格は図1のとおりである。

図1 改正後の法定後見制度の骨格
現行制度との対比は、制度の枠組みに関するもの(図表4-1)と、補助人をめぐる規律に関するもの(図表4-2)に分けて整理する。
【図表4-1 制度の枠組みの対比】
| 観点 | 現行制度 | 改正後 | 預金取扱金融機関への影響 |
| 類型 | 後見・保佐・補助の3類型 | 補助に一元化(後見・保佐は廃止) | 帳票・システムの区分値を全面改訂 |
| 権限の決まり方 | 後見は包括的代理権が当然に発生 | 審判ごとに個別に付与(9条・10条・11条) | 代理権の有無・範囲を証明書で個別確認する運用が必須 |
| 能力を欠く常況の者 | 後見の一択 | 補助+特定補助人を選択(10条) | 特定補助人にも包括的代理権はない |
| 申立権者 | 本人・配偶者・四親等内の親族・検察官等 | 左記に加え、公正証書で本人が指定した者(7条・8条) | 高齢顧客への事前の備えを提案する材料となる |
| 終了 | 能力が回復しない限り終了できない | 必要がなくなれば取消し可。家裁の職権取消しも可(12条・876条の21) | 口座の後見人届出を解除するフローの新設が必要 |
図表4-1に掲げたとおり、制度の枠組みに関する変更の核心は、能力の程度による画一的な類型区分を廃し、本人に必要な権限を審判ごとに個別に付与する構造へ移したことにある。これに対し、補助人自身に課される義務や待遇についても、本人の意思を出発点とする方向で見直しが行われている。選任、解任、意向の尊重、報酬、家庭裁判所への報告及び死後事務に関する改正の内容は、図表4-2のとおりである。
【図表4-2 補助人をめぐる規律の対比】
| 観点 | 現行制度 | 改正後 | 預金取扱金融機関への影響 |
| 選任時の考慮 | 本人の意見は考慮要素の最後 | 本人の意見を考慮要素の冒頭に規定(876条の2) | ― |
| 解任事由 | 不正な行為・著しい不行跡等 | 本人の利益のため特に必要があるときを追加(876条の5) | 補助人の交代頻度が上昇し、届出変更事務が増加する |
| 意向尊重 | 明文の規定なし | 意向把握義務・意向尊重義務を明文化(876条の11) | 補助人からの照会・残高開示要請への対応を整理 |
| 報酬 | 本人及び後見人等の資力のみ考慮 | 補助の事務の内容を考慮要素に明記(876条の19) | ― |
| 家裁への報告 | 明文の定期報告義務なし | 毎年1回の定期報告義務(876条の21) | 残高証明書の発行請求が定期的に増加する |
| 死後事務 | 成年後見人のみに権限 | 補助人に拡充(876条の26) | 死亡後の未払費用の支払・引落しの取扱いを整理 |
| 預金取扱金融機関の実務への影響 | |||
| ・最大の変更は、「補助人が来店したから預金取引ができる」という判断が成り立たなくなることである。権限は登記された審判の内容で決まり、代理権付与の審判がなければ払戻しを代理できない。 ・したがって、登記事項証明書の代理権の範囲に関する記載を都度確認し、その写しを取引記録として保存する運用が事実上必須となる。従来の「登記事項証明書+届出印」で足りるとする取扱いは通用しない。 ・後見人届出中の口座は原則として本人単独取引を制限してきたが、改正後は制度が終了して本人が単独取引に戻る場面が生じる。取消しの審判書・登記事項証明書に基づく制限解除フローを新設する必要がある。 | |||
家庭裁判所は、補助開始の審判を受けた者が事理弁識能力を欠く常況にある者であり、かつ必要があると認めるときは、特定補助人を付する旨の審判をすることができる(新民法10条)。もっとも、その権限は現行の成年後見人とは大きく異なる。
【図表5 特定補助人と現行の成年後見人との比較】
| 項目 | 現行の成年後見人 | 特定補助人(新民法10条) |
| 代理権 | 包括的代理権が当然に発生する | 当然には発生しない。別途11条の代理権付与の審判が必要 |
| 取消権 | 日常生活に関する行為以外の全ての行為 | 法定の重要な財産上の行為(図表6)。追加の審判により拡張可 |
| その他の権限 | 財産管理全般 | 本人に対する意思表示の受領/財産の保存行為 |
| 鑑定 | 明らかに必要がないときは省略可 | 原則として鑑定必須。医師2人以上の意見を聴いて明らかに必要がないと認めるときのみ省略(家事119条) |
| 財産目録 | 1か月以内に作成 | 同左(家庭裁判所において伸長可) |
| 郵便物の管理 | 6か月以内の配達の嘱託が可能 | 同左 |
図表5に掲げたとおり、特定補助人の権限は現行の成年後見人よりも大幅に限定される。もっとも、その取消権が及ぶ範囲は決して狭いものではない。補助人の同意を要する旨の審判及び特定補助人を付する旨の審判の対象となる「法定の重要な財産上の行為」は、図表6のとおりである。預貯金の預入れ又は払戻しの請求が新たに明文で列挙された点が、金融実務上は最も重要である。
【図表6 同意権・取消権の対象となる法定の重要な財産上の行為(9条・10条)】
| 行為 | 備考 | |
| ★1 | 預金又は貯金の預入れ又は払戻しの請求をすること | 新設列挙。現行は「元本の領収・利用」で読み込んでいた部分を明文化 |
| 2 | 元本を領収し、又は利用すること | ― |
| 3 | 借財又は保証をすること | 与信・保証取引に直結する |
| ★4 | 居住の用に供する建物の大修繕に関する工事の請負契約その他の重要な役務の提供に関する契約を締結すること | 現行の「新築・改築・増築・大修繕」より対象が拡張されている |
| 5 | 不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為をすること | 担保設定を含む |
| 6 | 訴訟行為をすること | ― |
| 7 | 贈与、和解又は仲裁合意をすること | 私的整理・和解契約 |
| 8 | 相続の承認若しくは放棄又は遺産の分割をすること | 相続預金の手続 |
| 9 | 贈与の申込みの拒絶、遺贈の放棄、負担付贈与の申込みの承諾又は負担付遺贈の承認をすること | ― |
| 10 | 民法602条に定める期間を超える賃貸借をすること | 貸金庫・不動産賃貸 |
| 11 | 前各号に掲げる行為を制限行為能力者の法定代理人としてすること | ― |
| ― | 日用品の購入その他日常生活に関する行為は対象外 | 年金受取口座からの少額出金等 |
※ ★は現行民法13条1項からの新設・拡張であり、金融実務に直結する項目である。
| 預金取扱金融機関の実務への影響 |
| ・同意を要する旨の審判がされている本人が単独で払戻請求をした場合、当該行為は取り消し得る行為となる。窓口での本人単独取引の可否判断は、この一覧を基準に組み直す必要がある。 ・他方、日常生活に関する行為は一律に除外される。年金受取口座からの生活費相当額の出金まで拒絶する運用は自己決定の不当な制約となり得る。金額・使途を含む社内基準の策定が望ましい。 ・③借財・保証、⑤不動産に関する権利の得喪は与信取引に直結する。融資・保証の相手方が補助開始の審判を受けているかを審査時に確認する体制(登記事項証明書の徴求基準)を整備すべきである。 ・④の拡張により、貸金庫契約、投資顧問契約その他の各種サービス契約も「重要な役務の提供に関する契約」として同意の対象となり得る。 |
改正後の窓口対応は、登記事項証明書に記録された審判の種類と範囲を確認したうえで、次の3類型に振り分けて判断することとなる。

図2 改正後の窓口確認フロー
取引の効力が宙に浮くことを避けるため、制限行為能力者の相手方には催告権が用意されている(民法20条4項)。
【図表7 催告権の内容】
| 項目 | 内容 |
| 対象 | 補助人の同意を要する旨の審判を受けた者がした行為 |
| 方法 | 本人に対し、1か月以上の期間を定めて、補助人の追認を得るべき旨を催告する |
| 効果 | その期間内に追認を得た旨の通知を発しないときは、その行為を取り消したものとみなす |
| 取消権者 | 従来どおり(民法120条1項は維持) |
| 預金取扱金融機関の実務への影響 | |
| ・取消しリスクを抱えた取引を早期に確定させる手段として、催告書のひな形整備が必要である。もっとも「取り消したものとみなす」効果であるため、催告は取引を有効にする手段ではなく、不確定な状態を終わらせる手段にとどまる。 ・実務的には、事前に補助人の同意書を徴求する運用のほうが安全であり、催告は事後的な例外処理と位置づけるべきである。 | |
補助の制度が本人にとって必要な場合にのみ利用されることの帰結として、事理弁識能力を欠く常況にある者であっても、本人に代わって意思表示を受領する法定代理人が存在しない場面が生じ得る。そこで、意思表示をする側から申し立てることのできる制度が新設された。
【図表8 意思表示の受領の特別代理人】
| 項目 | 内容 |
| 要件 | 意思表示の相手方が精神上の理由により事理弁識能力を欠く常況にあり、その者のために意思表示を受ける者がないこと |
| 申立権者 | 表意者(=金融機関・債権者の側) |
| 権限 | ①意思表示の受領、②補助開始の審判又は補助人に代理権を付与する旨の審判の請求 |
| 費用 | 家庭裁判所の定める金額を予納する。その中から相当な報酬が支払われる |
| 根拠条文 | 民法98条の3、家事事件手続法149条の2 |
| 預金取扱金融機関の実務への影響 | |
| ・判断能力を欠く常況にある債務者に対する期限の利益喪失通知・相殺・契約解除について、従来は金融機関側から後見開始を申し立てる術がなく実務は行き詰まっていた。改正法は表意者からの申立てを認め、これを解消する。 ・想定される活用場面は、①期限の利益喪失通知の到達確保、②相殺の意思表示、③当座勘定契約・貸金庫契約の解約、④賃貸借の解約申入れ、⑤債務名義取得の前提としての通知である。 ・予納金が必要であり、また特別代理人はその後に補助開始の審判等を請求して補助人に引き継ぐことが予定されている。債権管理部門において、予納金の予算措置と申立ての要否の判断基準をあらかじめ定めておくべきである。 ・あわせて意思表示の受領能力(民法98条の2)も改正され、相手方が意思表示を受けた時に意思能力を有しなかったとき、又は未成年者若しくは特定補助人を付する旨の審判を受けた者であったときは、その意思表示を相手方に対抗することができない。通知の到達管理を厳格化する必要がある。 | |
補助への一元化は、代理権の消滅事由や委任の終了事由といった民法総則・債権各論の一般規定にも波及する。従来これらの規定は「後見開始の審判」を基準としていたが、後見の廃止に伴い、基準が「特定補助人を付する旨の審判」に置き換えられる。改正の内容は図表9のとおりである。
【図表9 代理権の消滅事由等の改正】
| 条文 | 現行 | 改正後 |
| 民法111条1項2号 | 代理人が後見開始の審判を受けたこと | 代理人が特定補助人を付する旨の審判を受けたこと |
| 民法653条3号 | 受任者が後見開始の審判を受けたこと | 受任者が特定補助人を付する旨の審判を受けたこと |
| 預金取扱金融機関の実務への影響 | ||
| ・任意代理人(預金取引の代理人届出者)、法人の代表者・使用人、保証人等について、補助開始の審判や同意権付与の審判を受けただけでは代理権は消滅しない。消滅事由は特定補助人を付する旨の審判に限定される。 ・したがって、代理人届の失効管理基準を「後見開始の審判」から「特定補助人を付する旨の審判」に置き換える必要がある。単に「補助開始」を失効事由とすると、過剰に代理権を否定する誤った運用となる。 ・後見登記の記録事項が整備法により全面的に置き換わる(「成年被後見人等」→「補助開始の審判を受けた者」、「成年後見人等」→「補助人」等)ため、登記情報の照会・突合を行うシステムの改修が必要となる。 | ||
4 任意後見制度の見直し
任意後見契約は、任意後見開始の審判がされた時からその効力が生ずる旨の定めのあるものと改められた(新任意後見契約法2条1号)。従来の任意後見監督人の選任を効力発生要件とする構成からの転換である。
【図表10 任意後見制度の新旧比較】
| 観点 | 現行 | 改正後 | 金融機関への影響 |
| 効力発生 | 任意後見監督人の選任時 | 任意後見開始の審判時(2条1号) | 効力発生を確認する資料が変わる |
| 監督人 | 必ず選任される | 明らかに監督の必要がないと認めるときは選任しないことができる(7条) | 監督人不在の任意後見人が登場する。監督人の存在を前提とした確認ができない |
| 申立権者 | 本人・配偶者・四親等内の親族・任意後見受任者 | 左記に加え、補助人・補助監督人及び公正証書で本人が指定した者(5条) | ― |
| 予備的受任者 | 仕組みなし | 不開始の合意により第2順位の受任者を設定可(4条。合意は公正証書による) | 登記記録上の受任者が複数存在し得る |
| 法定後見との関係 | 補助等の開始により契約は終了 | 併存が可能(旧4条1項2号・2項、10条3項を削除) | 補助人と任意後見人が同時に存在する。いずれの代理権に基づく取引かの判別が必要 |
| 契約の方式 | 公正証書 | 法務省令で定める様式の公正証書。変更も同様(3条) | ― |
| 一部解除 | 規定なし | 権限重複の調整のため一部解除を新設(9条) | 代理権の範囲が途中で変動する。都度の証明書確認が必要 |
| 預金取扱金融機関の実務への影響 | |||
| ・併存の許容が最大の実務論点である。補助人と任意後見人が同一顧客について併存し、それぞれ別個の代理権を有する。窓口ではいずれの権限に基づく取引かを特定し、その範囲内かを確認しなければならない。 ・監督人不在の任意後見が生じるため、任意後見人の権限濫用に対する牽制が弱まる。高額の払戻しや投資性商品の解約等については、社内の高位者承認を要する取扱いを検討すべきである。 ・一部解除により代理権の範囲が事後的に縮小し得ることから、代理人届出時に取得した証明書の有効期間管理(例えば発行後3か月以内のものを都度徴求する)を明確化する必要がある。 | |||
5 遺言制度の見直し
普通の方式の遺言として、自筆証書・公正証書・秘密証書に加え、保管証書による遺言が創設された(新民法967条、968条の2、968条の3)。
| 保管証書遺言の要件(新民法968条の2・968条の3) ・全文が記載又は記録された証書について、遺言者が署名又はこれに代わる措置(法務省令で定めるもの。電磁的記録の場合は電子署名を想定)を講ずること ・遺言者が、遺言書保管官の前で、その証書に記載又は記録された遺言の全文を口述すること(口がきけない者は通訳人の通訳又は自書により代替可) ・遺言書保管法の定めるところにより当該遺言に係る証書を保管すること(保管が効力要件) ※ 財産目録は、保管官が閲覧させる等の措置を講ずれば口述を要しない。外国語による場合は日本語訳の提供と通訳等の措置を要する。ウェブ会議の利用は保管官が相当と認めるときに限られる。 |
【図表11 普通の方式の遺言4方式の比較】
| 自筆証書 | 保管証書(新設) | 公正証書 | 秘密証書 | |
| 作成方法 | 全文・日付・氏名を自書 | パソコン等で作成可(電磁的記録・紙のいずれも可) | 公証人が筆記 | 自書を要しない |
| 署名・押印 | 自書必須/押印は任意化 | 署名又はこれに代わる措置(電子署名を想定) | 押印は令和5年公証人法改正で廃止済 | 押印は任意化 |
| 本人確認 | なし | 遺言書保管官が実施 | 公証人が実施 | 公証人が実施 |
| 真意の確認 | なし | 遺言者が全文を口述 | 口授 | 申述 |
| 手続場所 | ― | 法務局。オンライン申請・ウェブ会議が可能 | 公証役場(出張可) | 公証役場 |
| 保管 | 自己保管 | 法務局が保管(保管しなければ効力を生じない) | 公証役場 | 自己保管 |
| 検認 | 必要(保管制度利用時は不要) | 不要 | 不要 | 必要 |
図表11に掲げたとおり、保管証書遺言は、自筆証書遺言の簡便さと、公正証書遺言における本人確認及び真意確認の信頼性とを併せ持つ方式である。相続が開始した後の手続についても、遺言書保管官による通知と証明書の交付を中心とする一連の流れが新たに整備された。その概要は図表12のとおりである。
【図表12 保管証書遺言と相続開始後の手続】
| 段階 | 内容 | 金融機関の関与 |
| ① 通知 | 遺言者が生前に指定した者に対し、死亡後に遺言書保管官が通知する | 通知を受けた者からの照会に対応する |
| ② 保管の有無の証明 | 何人も、自己を相続人等とする保管証書遺言書の保管の有無の証明を請求できる | 遺言の存否確認の資料として活用する |
| ③ 遺言書情報証明書 | 相続人等が、情報を証明した書面の交付又は電磁的記録の提供を請求できる(オンライン請求可) | 相続預金払戻しの根拠資料として受領する |
| ④ 他の相続人への通知 | ③がされたときは、保管官が他の相続人等に通知する | ― |
| ⑤ 検認 | 不要(民法1004条1項の適用除外) | 検認済証明書の徴求が不要となる |
法務局には、遺言書を預かる制度が2つ並ぶことになる
本改正により、遺言書保管所が遺言書を保管する制度は2系統となる。一つは、平成30年改正により創設され令和2年7月から運用されている自筆証書遺言書保管制度であり、もう一つは、本改正により新設される保管証書遺言に係る保管制度である。前者は、自書により作成された自筆証書遺言を遺言者の申請により預かるものであって、保管は遺言の効力要件ではない。これに対し後者は、遺言書保管法の定めるところにより保管されなければ遺言そのものが効力を生じない(新民法968条の3)。両制度の違いは図表12-2のとおりである。
【図表12-2 遺言書保管所が関与する2つの制度】
| 項目 | 自筆証書遺言書保管制度 | 保管証書遺言(新設) |
| 根拠 | 平成30年改正(令和2年7月施行) | 本改正(民法968条の2・968条の3) |
| 遺言の方式 | 自筆証書遺言(全文・日付・氏名を自書) | 保管証書(パソコン等で作成可) |
| 保管の性質 | 保管は効力要件ではない | 保管が効力要件 |
| 本人確認・真意確認 | なし | 遺言書保管官が本人確認。全文を口述 |
| 検認 | 不要 | 不要 |
| 手続のオンライン化 | 本改正により可能となる | 当初から可能 |
| 施行期日 | 公布から3年以内(第3段階) | 同左 |
図表12に掲げた手続は、後者すなわち保管証書遺言に固有のものである。もっとも、遺言書保管所における手続のデジタル化は、両制度に共通して行われる。すなわち、自筆証書遺言書も含め、出頭又は書類の提出を要することなく、保管の申請、閲覧の請求及び証明書の交付の請求等を行うことが可能とされ、遺言書保管官が相当と認めるときはウェブ会議を利用することもできる(遺言書保管法6条~8条、12条~14条、16条~18条、21条等)。施行期日も両制度で同一であり、いずれも公布から3年以内である。
したがって、相続手続において、オンラインで請求され電磁的記録により提供される証明書を受け取る場面は、保管証書遺言に限られない。従来から自筆証書遺言書保管制度を利用していた顧客の相続についても同様に生ずる。
| 預金取扱金融機関の実務への影響 |
| ・電子署名の検証手段は、保管証書遺言のためだけに用意するものではない。従来の自筆証書遺言書保管制度を利用していた顧客の相続でも、同じ形式の証明書が提出される。 ・電磁的記録による遺言書情報証明書を受け付けられるかが最大の課題である。当該記録には遺言書保管官が電子署名を行うことが想定されており、受付窓口・事務センターに署名検証の手段を整備する必要がある。紙のみを認める運用は顧客利便を著しく損なう。 ・検認が不要となるため、相続預金の払戻しまでのリードタイムが大幅に短縮される。従来の「検認済証明書の到着待ち」を前提とした事務フローは組み直しを要する。 ・保管官による通知制度により、遺言の存在を知らずに法定相続分で払い戻した後に遺言が出てくるリスクは減少する。他方、通知を受けた相続人からの照会・払戻し停止要請は早期化する。 ・低廉かつ簡便な保管証書遺言の登場により、公正証書遺言を前提とした遺言信託商品は再検討を迫られる。他方、執行実務は金融機関の役割が残るため、「作成は保管証書、執行は当行」という設計が現実的となる。 |
押印要件の廃止は、行政手続における押印見直しの進展及び令和5年の公証人法改正による公正証書遺言の押印要件の廃止と平仄を合わせるものである。廃止の対象となる方式は図表13のとおりであり、いずれも公布から1年以内に施行される。
【図表13 押印要件の廃止】
| 遺言の方式 | 現行 | 改正後 |
| 自筆証書(本文) | 自書+押印 | 自書のみ(押印を廃止)。自書要件は維持 |
| 自筆証書(財産目録の毎葉) | 押印必要 | 廃止 |
| 自筆証書(加除その他の変更) | 押印必要 | 廃止 |
| 秘密証書(遺言者・証人) | 押印必要 | 廃止(領事方式に係る984条後段も削除) |
| 特別の方式(死亡危急時・船舶遭難者・一般隔絶地・在船者) | 押印必要 | 廃止 |
| 預金取扱金融機関の実務への影響 | ||
| ・相続手続における自筆証書遺言の形式審査基準を改訂する必要がある。押印がないことを理由に無効と判断し、又は受理を拒む運用は、施行後は誤りとなる。 ・遺言の方式の有効性は作成時点の法により判断される。「作成日が施行日前の遺言は押印必須、施行日以後は押印不要」という判定ロジックを事務手続とシステムに組み込む必要がある。 ・自筆証書遺言書保管制度についてもオンライン申請・ウェブ会議対応が進むため、顧客向けの遺言相談・相続セミナー資料の内容を更新すべきである。 | ||
死亡の危急に迫った者の遺言及び船舶遭難者の遺言については、録音及び録画を同時に行う方法による記録を用いる新たな方式が追加された。あわせて、遺言の証人及び立会人の欠格事由も見直されている。改正の内容は図表14のとおりである。
【図表14 特別の方式の遺言の見直しと証人・立会人の欠格事由】
| 項目 | 現行 | 改正後 |
| 死亡危急時遺言(976条の2) | 証人3人以上の立会い | 証人1人以上でよい。証人が書面又は電磁的記録に記載・記録し、その状況を録音及び録画を同時に行う方法により記録する。立会いはウェブ会議も可 |
| 船舶遭難者遺言・場面(979条1項) | 船舶が遭難した場合のみ | 天災その他避けることのできない事変から生じた重大かつ急迫の危難を避けることが困難な場所も追加(大規模地震等) |
| 船舶遭難者遺言・方式(979条の2) | 証人2人以上の立会い+口頭 | ①証人1人以上の立会い+録音・録画、②録音・録画を電子計算機で特定の者に送信する方式(証人の立会いを要しない) |
| 証人・立会人の欠格(974条3号) | 受遺者並びにその配偶者及び直系血族 | 受遺者の被用者を追加(受遺者が法人の場合はその被用者及び役員) |
| 関連整備 | ― | 相続人の欠格事由に録音・録画記録の不正作出等を追加(891条5号)、検認の対象に当該記録を追加(1004条)。過料(1005条)・撤回擬制(1024条)も整備 |
| 預金取扱金融機関の実務への影響 | ||
| ・証人欠格の拡張は自行にも及び得る。金融機関が受遺者となる遺贈で自行の役職員を証人とすることは、施行後は無効原因となる。遺言信託・遺言書作成支援業務における証人手配の運用を直ちに見直す必要がある。 ・録音・録画のデータが遺言となるため、相続手続において検認を経た録音・録画記録に基づく払戻請求を受ける可能性がある。家庭裁判所の検認調書をどのように確認するかを事務取扱要領に明記しておくべきである。 | ||
6 犯罪収益移転防止法の本人確認実務への影響
本改正は、犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯収法」という。)を直接改正するものではない。もっとも、補助人、特定補助人及び任意後見人はいずれも犯収法上の代表者等に当たり、これらの者が本人のために預貯金取引を行う場面は、代理人による取引として取引時確認の対象となる。後見の廃止により、その確認の前提が大きく変わる。
(1)枠組みは変わらないが、確認の前提が変わる
犯収法は、顧客等のために特定取引等の任に当たっている自然人がある場合には、当該自然人についても本人特定事項の確認を求めている(法4条4項)。また、当該自然人が顧客等のために特定取引等の任に当たっていると認められる事由の確認についても定めがある(施行規則12条)。この枠組み自体は本改正によって変わらない。
変わるのは、「任に当たっていると認められる」ことの確認方法である。現行制度の下では、登記事項証明書に成年後見人として記載されていれば包括的代理権が当然に発生しているため、およそあらゆる特定取引について任に当たっていると認めることができた。改正後は代理権が審判ごとに個別に付与されるため、代理権付与の審判の範囲外の取引について補助人が来店した場合には、そもそも私法上の代理権が存在しない。この場合、犯収法上の確認を行う以前に、当該取引を受け付けること自体ができない。
したがって、代理人による取引の受付は、私法上の代理権の範囲の確認を前置した多層の構造となる。確認すべき事項は図表15のとおりである。
【図表15 補助人等による預貯金取引の受付時に確認すべき事項】
| 順序 | 確認事項 | 根拠 | 資料 | 本改正による変化 |
| ① 代理権の存否・範囲 | 当該取引が登記された代理権の範囲に含まれるか | 民法11条ほか | 登記事項証明書 | 個別付与となるため必ず範囲を確認する。範囲外は無権代理となる |
| ② 顧客等の本人特定事項 | 本人(補助開始の審判を受けた者)の氏名・住居・生年月日 | 犯収法4条1項 | 本人確認書類 | 枠組みは不変。ICチップ読取りの原則化と時期が重なる |
| ③ 代表者等の本人特定事項 | 補助人・特定補助人・任意後見人の本人特定事項 | 犯収法4条4項 | 本人確認書類 | 枠組みは不変 |
| ④ 任に当たる事由 | 代理権限の存在を裏付ける事由 | 施行規則12条 | 登記事項証明書等 | 記載事項が総取替えとなる。受入基準・様式チェックを改訂する |
| ⑤ 取引を行う目的等 | 取引を行う目的、職業又は事業の内容等 | 犯収法4条1項 | 申告等 | 本人について確認すべき事項と代表者等について確認すべき事項を整理する |
(2)確認記録及びシステムへの影響
確認記録には、代表者等の本人特定事項に加え、当該者が顧客等のために特定取引等の任に当たっていると認めた理由その他の事項を記録し、これを7年間保存しなければならない(法6条)。整備法により後見登記等に関する法律の記録事項が総取替えとなるため、確認記録における書類の名称及び記載内容の区分値を見直す必要がある。
記録の保存期間が7年であること、及び経過措置により旧制度の成年後見人と新制度の補助人が長期間併存することから、確認記録上は旧様式と新様式の登記事項証明書が並存することとなる。過去の記録を参照する場面を想定し、区分値は上書きではなく追加により管理することが望ましい。
(3)継続的顧客管理措置への影響
補助人の解任事由に「本人の利益のため特に必要があるとき」が追加されたことにより、補助人の交代は現行よりも頻繁になると見込まれる。また、必要がなくなれば制度を終了できることから、支援者が存在しない状態に戻る顧客も生じる。いずれも顧客情報の変更事由であり、継続的顧客管理措置及び顧客リスク評価の更新の契機となる(法11条)。
特に、制度の終了により法定代理人が不在となった判断能力の低下した顧客について、リスク評価を機械的に引き下げる処理は適切でない。制度を利用していないことは、リスクが低いことを意味しないからである。
(4)疑わしい取引の届出及び水際対応
制度に乗らない層が今後も大量に残ることは、親族等による事実上の代理、すなわち法定代理人が存在しない状態での第三者による預貯金の払戻しが増えることを意味する。判断能力が低下した高齢の名義人の口座が第三者に利用される事象は従来から着眼点とされてきたところであり、本改正後はその重要性が一層増す(法8条)。
加えて、成年後見人の包括的取消権が廃止されることにより、不適切な勧誘・契約を事後に巻き戻す手段が縮減する。検知シナリオ、限度額設定、窓口での声かけといった水際の措置に比重を移す必要がある。
(5)犯収法施行規則の改正との時期の重なり
対面での本人特定事項の確認については、犯収法施行規則の改正により、令和9年4月1日から原則としてICチップに記録された情報の読取りによることとなる。他方、本改正のうち成年後見制度の見直しは令和10年12月までに施行される。すなわち、代理人による取引の受付フローは、短い期間に二度の改訂を受けることになる。
代理人による取引では顧客本人及び代表者等の双方について本人特定事項を確認する必要があるため、ICチップ読取りへの移行の影響は代理人取引において最も大きい。二つの改正を別個の案件として順次改訂するのではなく、一度の設計変更で吸収することが効率的である。改訂を要する主な項目は図表16のとおりである。
【図表16 犯収法実務において改訂を要する主な項目】
| 項目 | 根拠 | 改訂の内容 |
| 代理人取引の受付チェックリスト | 法4条4項、規則12条 | 登記された代理権の範囲に当該取引が含まれるかの確認欄を追加する |
| 本人確認書類の受入基準 | 法4条1項 | 登記事項証明書の新様式に対応させる。令和9年4月のICチップ読取り原則化とあわせて改訂する |
| 確認記録の記録項目 | 法6条 | 書類の名称及び記載内容の区分値を追加する。旧様式との併存を前提とする |
| 継続的顧客管理措置 | 法11条 | 補助人の交代及び制度の終了を顧客情報の変更事由として明記する |
| 疑わしい取引の検知シナリオ | 法8条 | 法定代理人が不在の高齢名義人口座における第三者による払戻しを着眼点に加える |
| 研修・eラーニング | 法11条 | 旧制度の成年後見人と新制度の補助人が併存することを前提に教材を改訂する |
| 預金取扱金融機関の実務への影響 | ||
| ・「補助人が来店した」だけでは犯収法の代理人取引の確認に進めない。私法上の代理権の範囲の確認が前置される。受付チェックリストの最初の項目に据えるべきである。 ・確認記録の区分値は上書きではなく追加により管理する。保存期間7年と経過措置により、旧様式と新様式の登記事項証明書が長期間併存する。 ・制度の終了により法定代理人が不在となった顧客について、リスク評価を機械的に引き下げてはならない。制度を利用していないことはリスクが低いことを意味しない。 ・令和9年4月のICチップ読取り原則化と令和10年12月の民法改正は、代理人取引において最も重なる。一度の設計変更で吸収することが効率的である。 | ||
7 施行スケジュールと経過措置
改正法の施行期日は3段階に分かれる(附則1条)。いずれも上限であり、具体的な期日は今後の政令で定められる。

図3 3段階の施行スケジュール
図3に示したとおり、遺言の押印の任意化が最も早く、システムの改修を要する保管証書遺言が最も遅い。各段階の対象となる改正事項と、金融機関において求められる準備の内容は、図表17のとおりである。
【図表17 施行の3段階と金融機関の準備期限】
| 段階 | 対象 | 期限 | 金融機関の主な準備 |
| 第1段階 | 遺言の押印任意化、特別の方式の遺言の新方式 | 公布から1年以内(~令和9年6月23日) | 相続事務取扱要領の改訂、証人手配運用の見直し |
| 第2段階 | 成年後見制度の見直し全般(補助への一元化、任意後見、後見登記、家事手続) | 公布から2年6月以内(~令和10年12月23日) | 窓口規程・システム区分値・代理人届管理・与信審査の全面改訂 |
| 第3段階 | 保管証書遺言の創設、遺言書保管手続のデジタル化 | 公布から3年以内(~令和11年6月23日) | 電磁的記録による証明書の受付・検証体制の構築 |
他方、施行日が到来したからといって、既に成年後見制度を利用している本人及び支援者の法律関係が自動的に切り替わるわけではない。改正法附則は、利用者が「継続・移行・終了」のいずれかを選択できる枠組みを採用している。その内容は図表18のとおりである。
【図表18 経過措置――既存の利用者の取扱い(附則2条~6条)】
| 現在の状態 | 選択肢 | 根拠 |
| 後見・保佐を利用中 | ① 継続:基本的に現行法の内容で利用を継続できる。ただし解任事由並びに意向把握義務及び意向尊重義務は改正後の民法を適用 | 附則2条・3条 |
| ② 移行:改正後の補助に係る申立て(本人、配偶者、四親等内の親族、成年後見人・保佐人等)をする。現に利用中の後見開始・保佐開始の審判は取り消される | 附則2条・3条、新7条等 | |
| ③ 終了:後見開始・保佐開始の審判の取消しの申立てをする | 附則2条・3条 | |
| 補助を利用中 | ① 継続:改正後の補助の内容で利用を継続できる/② 終了:補助開始の審判の取消しの申立てをする | 附則4条、新12条 |
| 任意後見契約(施行日前締結) | 改正後の任意後見契約法を適用する。ただし旧法下で生じた任意後見契約に係る効力は維持される | 附則6条 |
※ 施行日が到来しても自動的に効果が生ずるものではなく、「継続・移行・終了」から選択する枠組みが採用されている。
| 預金取扱金融機関の実務への影響 |
| ・第2段階の施行後、旧制度の成年後見人・保佐人と新制度の補助人・特定補助人が長期間併存する。窓口では両者を判別しなければならず、登記事項証明書の記載様式も新旧で異なる。 ・移行・終了に伴い、口座の後見人届出の解除・変更事務が集中的に発生する見込みである。事務量の見積りと要員配置を早期に検討すべきである。 ・後見制度支援信託・支援預貯金は後見類型を前提とした商品であり、後見の廃止により制度設計の前提が失われる。既契約の取扱いと新規商品の設計方針について業界横断の検討が必要となる。 |
8 国会附帯決議――施行後の運用を左右する論点
衆参両院の法務委員会において附帯決議が付された(衆議院令和8年5月22日・22項目、参議院同年6月16日・20項目)。実務上重要な項目は次のとおりである。
【図表19 附帯決議の主要項目と金融機関の関心】
| 分野 | 内容 | 金融機関の関心 |
| 特定補助人の抑制 | 障害者権利条約12条の趣旨を踏まえ、真に必要な場合に限り利用され権利を不当に制約しないよう、利用状況を不断に検証すること | 特定補助人は想定より少数にとどまる可能性がある。代理権付与型が主流となる前提で設計すべき |
| 要件の明確化 | 「必要があると認めるとき」について、本人が事前に選任を望まない意向を示していた場合等はその意向を考慮するなど、判断基準を明確化すること | ― |
| 消費者被害への懸念 | 包括的取消権の廃止に伴う被害拡大を防止するため、判断力の不足等を不当に利用した勧誘・契約への対応につき、法制上の措置も含めた検討を進めること | 高齢顧客への投資性商品・保険窓販に係る適合性原則の運用が最重要論点となる |
| 福祉型信託 | 高齢者・障害者等を支援する福祉型信託が有効な手段であることに鑑み、国民が理解し利用するための環境整備を検討すること | 信託銀行・信託兼営金融機関の商品開発機会 |
| 高齢者等終身サポート事業 | 預託金等の管理業務の信頼性確保の観点から、信託会社・信託銀行等との連携の在り方を検討すること | 預託金の分別管理受託が具体的論点となる |
| 市民後見人の育成等 | 市民後見人の確保・育成、申立費用及び報酬に対する助成の充実 | 地域金融機関の中核機関との連携(地域貢献) |
| 法務局体制・セキュリティ | 法務局の人的・物的体制を充実させ、電子データの保管に係る情報セキュリティ対策を着実に行うこと | 電磁的記録の信頼性確保 |
| 3年後検討の実証化 | 附則10条の検討が実証的となるよう、速やかに利用者及び親族から意見を聴取するなど必要な調査を行うこと | 業界としての意見発信の機会 |
| 預金取扱金融機関の実務への影響 | ||
| ・包括的取消権の廃止は、高齢顧客の消費者被害に対する事後救済手段の縮減を意味する。施行までに消費者契約法等の改正が議論される可能性もあり、勧誘段階での適合性確認・モニタリング・水際対応を強化する方向で備えるべきである。 ・特殊詐欺・還付金詐欺の被害者について、従来は後見人の取消権が回収手段となり得た場面が減少する。声かけ、限度額設定、ATM出金制限といった予防措置の実効性が一層問われることとなる。 | ||
9 預金取扱金融機関の対応チェックリスト
以上を踏まえ、部門別及び時期別の対応事項を整理すると図表20のとおりである。改訂の対象は規程、帳票、システム及び研修の4点に集約されるが、いずれも所管部門をまたぐため、事務統括を軸とした横断的な体制が現実的である。
【図表20 部門別・時期別の対応事項】
| 時期 | 対応事項 | 主管部門 |
| 直ちに | 受遺者となる法人の役職員を証人とする実務の停止・見直し(974条3号) | 遺言信託・信託業務 |
| 直ちに | 経営層及び関係部門への改正概要の共有、対応プロジェクトの立上げ | 法務・企画 |
| ~令和9年6月(第1段階) | 相続事務取扱要領の改訂(押印なき自筆証書遺言の受理、作成時点基準の判定ロジック) | 相続事務センター |
| ~令和9年6月 | 遺言相談・相続セミナー資料の更新 | 個人営業・信託 |
| ~令和10年12月(第2段階) | 窓口規程・事務手続の全面改訂(「成年後見人=包括代理」前提の解消、日常生活に関する行為の判断基準(金額・使途)の策定) | 事務統括・法務 |
| ~令和10年12月 | 代理権の範囲を個別確認する運用フロー・チェックシートの構築 | 窓口・後方事務 |
| ~令和10年12月 | 代理人届の失効管理基準を「後見開始」から「特定補助人を付する旨の審判」へ変更。後見登記の記録事項変更に伴うシステム区分値・帳票の改修 | 事務統括・システム |
| ~令和10年12月 | 犯収法上の代理人による取引(法4条4項)に係るマニュアル・研修の改訂 | コンプライアンス |
| ~令和10年12月 | 制度終了時の後見人届出の解除フローの新設 | 事務統括 |
| ~令和10年12月 | 与信・保証審査における審判の確認体制、98条の3を用いた債権管理フローと予納金の予算措置 | 審査・債権管理 |
| ~令和10年12月 | 後見制度支援信託・後見制度支援預貯金の商品設計の見直し | 信託・商品 |
| ~令和11年6月(第3段階) | 電磁的記録による遺言書情報証明書の受付・署名検証体制の構築 | 相続・システム |
| 継続 | 高齢顧客・脆弱な顧客に対する適合性原則の運用強化、モニタリング体制の見直し | コンプライアンス |
| 継続 | 政令・法務省令・家事事件手続規則のパブリックコメント動向の把握 | 法務 |
※ 実務上のボトルネックはシステム改修である。後見登記の記録事項変更と代理人届の管理基準変更は基幹系に及ぶため、令和9年度の開発計画に織り込む必要がある。第2段階の施行期限(令和10年12月)から逆算すると、要件定義の着手は令和9年前半が限界である。
10 おわりに
本改正は、成年後見制度の理念を「本人の保護」から「本人の自己決定の尊重」へと転換し、遺言制度をデジタル技術に対応させるものであり、平成11年改正及び平成30年改正に続く重要な法改正である。
預金取扱金融機関にとっては、「成年後見人=包括代理」という長年定着した前提が失われることが最大の変化であり、窓口実務、事務手続、システム、与信審査及び相続実務のいずれにも波及する。他方、意思表示の受領の特別代理人の新設や検認を要しない保管証書遺言のように、実務負担を軽減する改正も含まれている。特定補助人の運用や包括的取消権の廃止に伴う消費者保護の空白といった課題は施行後の運用に委ねられており、政令及び法務省令の内容とあわせて注視を要する。
当事務所では、本改正への対応(規程・事務取扱要領の改訂、チェックシートの作成、役職員研修、システム要件の法務レビュー)に関する助言を提供している。ご不明な点は下記までお問い合わせいただきたい。