| 作成者:弁護士法人三宅法律事務所 弁護士 渡邉 雅之 本ニュースレターは、令和8年3月31日に金融庁が公表した「マネロン等対策の有効性検証に関する事例集(令和8年3月版)」を踏まえて作成したものであり、一般的な情報提供を目的とするものです。具体的事案については、別途ご相談ください。 連絡先 TEL: (03)5288-1021(代表) Email: m-watanabe@miyake.gr.jp |
金融庁「マネロン等対策の有効性検証に関する事例集(令和8年3月版)」の追加事例のポイント~追加された参考事例から読む実務上の示唆と対応の方向性~(AML/CFTニュースレター)
1.はじめに
金融庁は、2026年3月31日、「マネロン等対策の有効性検証に関する事例集(令和8年3月版)」を公表した[1]。本事例集は、令和7年3月版に対し、その後のモニタリングや金融機関等・有識者との対話を通じて把握した参考事例を追加したものである。
もっとも、本事例集は、金融庁自身が冒頭の留意事項で明記するとおり、記載された個々の事例を形式的に適用したり、チェックリストとして用いたりすることを予定したものではなく、有効性検証を検討・実施する際の参考資料である。また、記載された事例に対応していないからといって、直ちに有効性検証が不十分であると判断されるものでもない。したがって、今回の改訂も、新たな義務を一律に追加するものではなく、各金融機関等が自社のリスク特性や業務内容に応じて、有効性検証の体制・範囲・方法を見直す際の参考材料を具体化したものと理解するのが適切である。
その意味で、今回の改訂を読むに当たっては、事例の数を追うことよりも、どの論点について、どのようなレベルまで具体化が進んだのかを見ることが重要である。以下では、今回追加されたとみられる参考事例に絞って、その内容と実務上の示唆を整理する。
2.今回追加された参考事例
今回追加されたとみられる主な参考事例は、次のとおりである。
(1) マネロン等リスクの特定・評価に係る検証
(2) マネロン等リスクの低減策の整備に係る検証
ア 取引モニタリング
イ 疑わしい取引の届出
(3) マネロン等リスク低減措置の実施に係る検証
(4) その他(検証主体や検証手法など)
3.追加された参考事例の趣旨
今回追加された参考事例には、個別論点は異なっていても、共通する問題意識があるように見受けられる。明文で「趣旨」が示されているわけではないものの、追加箇所の内容からみて、次のような方向性を読み取ることができる。
(1) 有効性検証を「見逃しの有無」で見る
取引モニタリングに関する二つの追加事例は、いずれも、既に検知された案件を分析するものではなく、本来検知されてもおかしくないのに検知されていない顧客を抽出し、その未検知理由を分析するものである。これは、モニタリングの有効性を、単なるアラート件数や届出件数の多寡ではなく、見逃しがないかという観点から評価する方向を示すものと考えられる。
(2) 疑わしい取引の届出の判断基準の存在だけでなく、運用品質の平準化を重視
疑わしい取引の届出に関する追加事例では、判断基準そのものの整備ではなく、担当者間の判断差異を防ぐための定期会議と、第三者による週次進捗確認が追加されている。これは、判断基準を備えるだけでなく、実務運用におけるばらつきや遅延を抑える仕組みまで含めて、有効性検証の対象とする方向を示すものといえる。
(3) リスク評価を業務フローと接続する
新商品・新サービス検討時の案件管理表との照合という追加事例は、リスク評価を独立した文書作業としてではなく、商品導入の実際の業務フローと接続したものとして運用することを意識させるものである。すなわち、評価漏れを防ぐためには、リスク評価書だけを見て足りるのではなく、実際の起案・審査・案件管理の資料と結び付ける必要があるという問題意識がうかがわれる。
(4) 有効性検証を継続的改善の運営プロセスとして捉える
第4章に追加された頻度設定、対応期限管理、経営陣報告と承認、月次ワーキンググループといった事例は、有効性検証を単発の点検作業としてではなく、重点付けして実施し、進捗を追い、経営陣の関与のもとで完結させる運営プロセスとして捉える方向を示している。
(5) 属性情報の継続的な正確性をより具体的に確認する
外国人顧客の在留期間管理に関する追加事例は、本人特定事項の継続的確認が必要な領域について、単にルールを定めるだけでなく、更新要請や期限徒過後対応まで含めて、実際に運用されているかを確認する方向を示したものと理解できる。
4.追加事例ごとの実務上の示唆と規定例
(1) 新商品・新サービス管理とリスク評価の接続
今回追加された「案件管理表との照合」は、一見すると限定的な追加であるが、実務的には重要である。全社的リスク評価を年1回の文書更新にとどめず、新商品・新サービス導入時に実際に作成される案件管理表や審査資料と結び付けて、評価漏れを防ぐことが期待されていると考えられる。
| 規定例(全社的リスク評価要領) 第○条(新商品・新サービスとリスク評価の整合性確認) 1.マネロン等対策担当部署は、新商品または新サービスの導入に際して作成される案件管理表、審査資料その他これに準ずる資料を参照し、全社的リスク評価において評価対象とすべき商品・サービスに漏れがないことを確認するものとする。 2.前項の確認結果は、全社的リスク評価書の見直しに反映するものとする。 |
(2) 取引モニタリングにおける検知漏れ分析
今回の追加事例の中で、実務的な影響が最も大きいのは、取引モニタリングに関する二つの追加である。いずれも、高リスクである可能性が相応にあるのに未検知の顧客を抽出し、未検知理由を分析することを求めるものであり、現在のシナリオや敷居値の死角を点検する視点を明確にしている。
| 規定例(取引モニタリング管理要領) 第○条(検知漏れ分析) 1.マネロン等対策担当部署は、取引モニタリングの有効性を検証するため、少なくとも定期的に、検知漏れの有無に関する分析を実施するものとする。 2.前項の分析には、少なくとも次の事項を含める。 (1) 一定期間における資金移転額または資金移転件数が多い顧客のうち、取引モニタリングシステムで検知実績がない顧客の抽出および未検知理由の分析 (2) 疑わしい取引の届出を行った顧客と属性または取引形態が類似する顧客のうち、取引モニタリングシステムで検知実績がない顧客の抽出および未検知理由の分析 前二項の分析結果に基づき、シナリオ、敷居値その他の抽出基準の変更要否を検討するものとする。 |
(3) 疑わしい取引届出の判断品質標準化と進捗管理
今回の追加は、疑わしい取引届出の判断基準を作ることではなく、判断差異をどう抑えるか、処理の滞留をどう防ぐかに重心がある。したがって、実務上は、担当者会議と進捗管理簿の運用を通じて、届出判断の平準化と処理遅延防止を図ることが重要になる。
| 規定例(疑わしい取引届出実務要領) 第○条(届出判断の標準化) 1.マネロン等対策担当部署は、疑わしい取引の届出判断に係る品質向上および標準化を図るため、関係担当者による事例検討会またはこれに準ずる会議を定期的に開催するものとする。 2.前項の会議では、届出判断に差異が生じやすい事例、最近の届出事例その他必要な事項を共有する。 第○条(届出状況の進捗管理) 1.届出担当者は、疑わしい取引の検知日、調査着手日、届出判断日、届出日その他必要事項を記載した管理簿を作成し、更新するものとする。 2.前項の管理簿については、第三者が週次で確認し、検知から届出までに長期間を要している案件の有無を把握するものとする。 3.前項の確認結果を踏まえ、必要に応じて、届出業務に係る人員、システム、手続その他のリソースの見直しを検討するものとする。 |
(4) 外国人顧客の在留期間管理
今回追加された参考事例は、外国人顧客について、在留期間管理が手続に沿って実際に行われているかを確認するものである。外国人顧客比率が一定程度ある先では、更新依頼、期限徒過後対応、関連記録の保存状況まで含めて、検証対象に入れることが考えられる。
| 規定例(外国人顧客管理要領) 第○条(在留期間管理の実施確認) 1.外国人顧客については、在留期間その他継続的確認を要する本人特定事項に関し、所定の手続に従って管理を行うものとする。 2.マネロン等対策担当部署または所管部署は、少なくとも定期的に、次の事項についてサンプルチェックを行う。 (1) 在留期間満了前の更新要請の実施状況 (2) 在留期間徒過後の対応状況 (3) 関連記録の保存状況 前項の確認結果を踏まえ、必要に応じて運用手続の見直しを行うものとする。 |
(5) 有効性検証の頻度設定・フォローアップ・終了確認
今回の第4章の追加は、有効性検証を、重要度・優先度に応じて実施頻度を設計し、期限管理付きで是正進捗を追い、経営陣報告・承認を経て完結させる運営プロセスとして捉えることを促すものといえる。
| 規定例(有効性検証実施要領) 第○条(検証項目の重要度評価および検証頻度) 1.有効性検証担当部署は、全社的リスク評価結果その他の関連情報を踏まえて選定した検証項目について、重要度および優先度の観点から評価を行い、検証頻度を定めるものとする。 第○条(是正措置のフォローアップ管理) 1.有効性検証により把握した課題については、対応期限、対応責任者、是正内容その他必要事項を管理表に記録するものとする。 2.有効性検証担当部署は、前項の管理表を用いて、是正措置の進捗状況を継続的に確認するものとする。 3.是正措置が完了した場合には、その証跡を受領し、必要に応じて実効性を確認したうえで、完了の承認を行うものとする。 第○条(経営陣報告および終了確認) 1.有効性検証担当部署は、有効性検証の結果について、定期的に経営陣へ報告し、その承認を受けるものとする。 2.前項の承認をもって、当該有効性検証は終了したものとする。 第○条(ワーキンググループの開催) 1.マネロン等対策に係る業務遂行状況を確認するため、第1線および第2線の関係部署によるワーキンググループを月次で開催するものとする。 2.各部署は、前項のワーキンググループにおいて、マネロン等リスク低減措置の実施状況その他必要事項を報告するものとする。 |
5.おわりに
今回追加された参考事例は、全体論を広げるものというより、実際の業務運用の精度、見逃しの有無、進捗管理、フォローアップの回し方を具体化するものである。特に、新商品・新サービス管理とリスク評価の接続、取引モニタリングの検知漏れ分析、疑わしい取引届出の判断品質と進捗管理、外国人顧客の在留期間管理、有効性検証の頻度設定・フォローアップ・終了確認は、今回の追加記載に即して見直しを検討しやすい論点といえる。 以 上
[1] 「マネロン等対策の有効性検証に関する事例集」の改訂版公表について (https://www.fsa.go.jp/news/r7/amlcft/20260331-2/20260331-2.html)