AML/CFTニュース No.1 改正犯罪収益移転防止法の全体像― 「口座を渡していない」では免責されない ―:PDFファイル
平素より大変お世話になっております。
令和8年6月10日、犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律(令和8年法律第34号)が公布されました[1]。①預貯金通帳等の不正譲渡等に対する罰則の引上げ、②いわゆる「送金犯罪」に対する罰則の新設、③「架空名義口座」を利用した犯罪利用防止措置の創設を三本柱とするものであり、このうち①②は令和8年7月10日から施行され、③は未施行です。
本改正は、単なる罰則強化にとどまりません。犯罪グループが口座名義人に口座を保持させたまま遠隔で送金を指示し、本人名義・本人操作の取引として犯罪収益を移動させる新たな手法に対し、規制の焦点を「誰が口座を保有しているか」から「その口座が誰の指示でどのような資金移動機能を果たしているか」へ移したものです。
そして令和8年7月21日、沖縄県警は「送金犯罪」による全国初の摘発を行いました。問題とされた送金は施行日の2日後に行われたものであり、事件の端緒は金融機関の取引モニタリングでした。金融機関の実務にとっても、看過できない示唆を含む事案です。
本ニュースレターでは、改正の背景と全体像、公布・施行の時期、「送金犯罪」の構成要件、一回限りの依頼・実行や「口座レンタル」との関係、全国初の摘発事案、「架空名義口座」を利用した新制度、及び金融機関に求められる実務対応を整理いたします。末尾には理解度チェック(○×問題10問)を付しております。
令和8年7月24日
弁護士法人三宅法律事務所
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AML/CFTニュース No.1
改正犯罪収益移転防止法の全体像
― 「口座を渡していない」では免責されない ―
| 【目次】 1 改正の背景 ― なぜ新たな罰則が必要とされたのか 2 改正の概要と公布・施行 3 「送金犯罪」の新設(第32条)― 誰が処罰されるのか 4 「有償」と「正当な理由」の範囲 5 一回限りの依頼・実行であっても成立するか 6 「口座レンタル」「名義貸し」はどの条文で捕捉されるか 7 全国初の摘発事案 ― 施行2日後の送金 8 「架空名義口座」を利用した犯罪利用防止措置 9 金融機関に求められる実務対応 10 おわりに 【理解度チェック10問】 |
1 改正の背景 ― なぜ新たな罰則が必要とされたのか
特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の被害は極めて憂慮すべき状況にあり、令和7年中のこれらの被害額の合計は約3,257億円に上る。これらに関与する匿名・流動型犯罪グループへの対策は治安上の最重要課題とされ、その資金移転には預貯金口座等の金融サービスが悪用され、手口も巧妙化している。
従来の規制は、預貯金口座、キャッシュカード、インターネットバンキングの認証情報等を売却・譲渡する行為の処罰が中心であった。しかし犯罪グループは、口座そのものの譲渡を受けず、口座名義人に口座を管理させたまま、指示に従って送金させる手法を採るようになった。名義人が自ら認証し、自ら操作して送金する以上、従来の「口座譲渡」の構成要件では直接捕捉しにくいという間隙が生じていた。
警察庁も、この新たな手口を、あえて預貯金口座を他人から譲り受けないようにすることで既存の口座売買の罰則が適用されないようにする脱法的行為と位置付けている[2]。今回の改正は、この脱法的手法を正面から処罰対象としたものである。
2 改正の概要と公布・施行
本改正法は、令和8年6月10日に公布された(令和8年法律第34号)[3]。改正の柱は次の3点である。
| 改正項目 | 内容 | 施行 |
| ①不正譲渡等に対する罰則の引上げ(第25条〜第31条) | 預貯金通帳・カード・認証情報、資金移動、高額電子移転可能型前払式支払手段、電子決済手段、暗号資産の各サービスに係る不正譲受け等の法定刑を大幅に引上げ | 令和8年7月10日(施行済み) |
| ②「送金犯罪」に関する罰則の創設(第32条) | 正当な理由がないのに、財産移転の目的で、有償で送金等を依頼・募集する行為及びこれを実行する行為を直接処罰 | 令和8年7月10日(施行済み) |
| ③「架空名義口座」を利用した措置の創設(第19条の2〜第19条の29) | 警察が特別の口座等を利用して犯罪利用を遮断し、財産の保全及び被害回復を図る制度 | 公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日(未施行) |
すなわち、①及び②は既に施行されており、③のみが未施行である。③の施行期日は今後政令で定められるため、施行日の動向を注視する必要がある。
①による罰則引上げの水準は、次のとおりである。
| 区分 | 改正前 | 改正後 |
| 不正譲受け等(通常) | 1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金 | 3年以下の拘禁刑又は500万円以下の罰金 |
| 同(業として行われるもの) | 3年以下の拘禁刑又は500万円以下の罰金 | 5年以下の拘禁刑又は1,000万円以下の罰金 |
3 「送金犯罪」の新設(第32条)― 誰が処罰されるのか
新設された第32条は、犯罪グループ側だけでなく、送金を実行する側をも処罰の対象としている。なお警察庁は、犯罪への気軽な参画を助長しかねないとして、「送金バイト」ではなく、原則として「送金犯罪」との呼称を用いる方針を示している。
処罰対象となる行為類型は、次の4類型に整理される。
| 類型 | 条項 | 行為 | 法定刑 |
| 依頼犯 | 第32条第1項前段 | 正当な理由がないのに、自己又は第三者が管理し、又は管理しようとする財産を移転する目的で、人に、有償で特定役務利用財産移転行為をするよう依頼した者 | 2年以下の拘禁刑若しくは300万円以下の罰金又はその併科(業として行った場合は3年以下の拘禁刑若しくは500万円以下の罰金又はその併科) |
| 誘引犯 | 第32条第1項後段 | 同一の目的で、有償で特定役務利用財産移転行為をするよう、広告その他これに類似する方法により人を誘引した者 | 同上 |
| 実行犯 | 第32条第2項前段 | 正当な理由がないのに、他人の依頼を受け、当該他人に上記の目的があることの情を知って、有償で特定役務利用財産移転行為をした者 | 同上 |
| 勧誘等犯 | 第32条第2項後段 | 特定役務利用財産移転行為を引き受けることを示して、その実施を自己に依頼するよう、人を勧誘し、又は広告その他これに類似する方法により人を誘引した者 | 2年以下の拘禁刑若しくは300万円以下の罰金又はその併科 |
依頼犯及び実行犯については、依頼又は送金が現に行われたことを要する。他方、誘引犯及び勧誘等犯は、資金が現実に移動していない段階であっても成立し得る点に留意を要する。
また、対象となる「特定役務利用財産移転行為」は、銀行口座からの振込みに限られない(第32条第4項)。対象役務には、預貯金契約に係る役務のほか、資金移動業者との間の為替取引、高額電子移転可能型前払式支払手段、電子決済手段等取引、電子決済等利用及び暗号資産交換に係る役務が含まれる。行為類型としても、次の3類型が定められている。
第3号は、後から入金を受ける約束の下で、先に自己の資金等により立替送金する類型である。犯罪グループが、銀行預金を暗号資産に交換し、又は別のアカウントや資産を介して価値を移転することにより規制を回避することを防ぐ設計となっている。
4 「有償」と「正当な理由」の範囲
処罰の対象となるのは、有償で行われる場合である。警察庁の解釈資料によれば、「有償」とは、金銭その他の対価を交付すること若しくは対価となるべき利益の供与を行うこと又はそれらの約束をすることをいう。したがって、対価が現実に交付されていなくても、その約束があれば該当し得る。
対価又は利益として想定されているものは、現金(外貨を含む。)、商品券、宝石・貴金属、暗号資産、各種ポイント、債務免除、後日報酬を支払う旨の約束など広範に及ぶ。「まだ報酬を受け取っていない」「現金ではなくポイントであった」といった事情のみで適用を免れるものではない。
他方、国民の正当な社会経済活動を萎縮させないため、「正当な理由がない」との要件により、正当な社会経済活動の一環として行われる送金代行行為は対象から除外されている。警察庁は、正当な理由が認められる例として次のような場合を挙げている。
重要なのは、「アルバイト」「支払代行」「業務委託」といった名称ではなく、依頼の目的、取引関係、資金の出所及び送付先、報酬の合理性等の実態である。名目上の業務委託契約が存在しても、経済的実体のない資金移動であれば、当然に正当化されるものではない。
5 一回限りの依頼・実行であっても成立するか
成立する。第32条第1項及び第2項の基本類型は、反復継続を要件としていない。反復継続して依頼犯又は実行犯に当たる行為をした場合(「業として」行われた場合)が第3項により加重される構造であり、一回限りの依頼又は実行であっても、基本類型として2年以下の拘禁刑若しくは300万円以下の罰金又はその併科の対象となる。初回であること、あるいは1件のみの依頼であったことは、犯罪の成否を左右しない。
なお、実行者については、条文上、依頼者に財産移転の目的があることの情を「知って」いたことを要し、単なる過失のみで直ちに成立する犯罪ではない。もっとも、認識の有無は本人の弁解のみで決まるものではなく、面識のない者からSNSのみで依頼を受けたか、入金者と送金先の関係について説明があったか、短時間に多数回の送金を指示されたか、入金後直ちに複数の口座へ資金を移すよう求められたか、報酬が労務内容に比して不自然に高額か、契約書・請求書・業務実態が存在するか、資金の一部を報酬として差し引くよう指示されたか、といった客観的事情を総合して判断されることになる。
また、第32条は、個々の移転財産が犯罪収益であること自体を独立の構成要件として明示していない。不正な資金移動のインフラとなる行為を、前提犯罪や犯罪収益性の完全な立証を待たずに直接捕捉しようとする点に、本規定の実務上の意義がある。
6 「口座レンタル」「名義貸し」はどの条文で捕捉されるか
所有権を移転しない趣旨で、通帳、キャッシュカード、振込みに必要な認証情報等を一時的に第三者に渡す、いわゆる口座レンタル又は名義貸しは、第32条ではなく、第26条以下の対象である。同条以下は「譲り渡し」のみならず「交付」及び「提供」を行為態様としており、返還を予定した一時的な貸与であっても、正当な理由がないのに有償で行えば処罰される。今回の改正により法定刑は3年以下の拘禁刑又は500万円以下の罰金(業として行った場合は5年以下の拘禁刑又は1,000万円以下の罰金)に引き上げられており、第32条の送金犯罪より重い点に留意を要する。
他方、名義人が通帳・カード・認証情報のいずれも渡さず、入金先として口座番号のみを伝え、自ら口座を使用し続けながら指示に従って送金する類型では、「預貯金通帳等」の提供があったとはいえず、第26条以下では捕捉が困難であった。第32条は、まさにこの間隙を埋めるために新設されたものである。したがって、「口座は渡していない」「貸してもいない」という弁解は、送金犯罪の成否に対する抗弁とはならない。
行為態様と適用条文の対応関係を整理すると、次のとおりである。
| 行為態様 | 適用条文 | 法定刑(基本/業として) |
| 通帳・カード・認証情報等を売却し、又は譲り渡す(口座売買) | 第26条〜第31条第1項・第2項 | 3年以下の拘禁刑又は500万円以下の罰金/5年以下の拘禁刑又は1,000万円以下の罰金 |
| 同上を一時的に貸与する(口座レンタル・名義貸し) | 同上(「交付」「提供」に該当) | 同上 |
| 何も渡さず、口座番号のみを伝え、自ら操作して送金する | 第32条第2項前段 | 2年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金/3年以下の拘禁刑又は500万円以下の罰金 |
| 送金を依頼し、又は広告等により募集する | 第32条第1項 | 同上 |
| 送金役として自ら名乗り出て、依頼を勧誘・誘引する | 第32条第2項後段 | 2年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金 |
いずれの類型も、「アルバイト」「レンタル」「業務委託」といった名称ではなく、正当な理由の有無及び有償性という実質により判断される。名称のみを手掛かりとした顧客説明の受入れは、金融機関のリスク評価としても不十分である。
7 全国初の摘発事案 ― 施行2日後の送金
令和8年7月21日、沖縄県警豊見城署は、犯罪収益移転防止法違反(送金犯罪)の疑いで、沖縄県豊見城市に住む40代の女性会社員を那覇地方検察庁に書類送検した。送金犯罪としての摘発は全国初とされている[4]。報道されている事実関係は、次のとおりである。
| 項目 | 内容 |
| 処分 | 令和8年7月21日、書類送検(逮捕ではなく、在宅事件としての送致) |
| 被疑者 | 沖縄県豊見城市在住の40代女性会社員 |
| 被疑事実 | 令和8年7月12日午前10時40分頃から午後8時40分頃にかけて、氏名不詳者からLINEで指示を受け、自己名義の銀行口座に入金された約175万円を、指定された6口座に計37回にわたり送金したもの |
| 勧誘の経緯 | 同月7日、副業・スキマバイトを検索していた際、インスタグラム上の「簡単に稼げる」旨をうたうアカウントを通じて氏名不詳者と接触。短期アルバイトスタッフへの報酬支払業務であり、日払いで5千円から3万円を得られる旨の説明を受け、運転免許証及び銀行口座情報をLINEで送付した |
| 報酬 | 数万円の約束。同月13日に受領する予定であったが、指示役と連絡が取れなくなり、実際には支払われていない |
| 発覚の端緒 | 同月14日、不審な取引を検知した金融機関から口座を凍結した旨の連絡があり、本人が豊見城署に相談したことにより発覚 |
| 認否 | 結果的に犯罪に加担したことを反省している旨述べ、容疑を認めているとされる |
本事案からは、実務上、次の3点を確認しておく必要がある。
⑴ 新設罰則は直ちに運用されている――問題とされた送金は、施行日である令和8年7月10日のわずか2日後に行われており、摘発はその9日後である。改正から相当の運用準備期間が置かれる類型の規制ではないことが明らかとなった。
⑵ 端緒は金融機関のモニタリングであった――本件は、金融機関が入金直後の短時間・多数回・多口座への分割送金を不審と判断し、口座凍結を通知したことが発覚の契機となっている。取引モニタリングが、事後的な届出のみならず、犯行の途中遮断と本人の被害拡大防止に現に機能した事例といえる。
⑶ 「本人確認済み」は何も保証しない――口座名義人は実在し、本人が自己の端末から自ら操作して送金している。取引時確認が正確に行われていても、取引目的自体が不正であれば、KYCのみでは防止できないことを端的に示している。
なお、本件はあくまで書類送検の段階であり、被疑事実が確定したものではない。無罪推定が及ぶことは当然であり、対外的な資料において言及する際には、この点を明示することが適切である。また、報酬が現実には支払われていない点も重要である。前記のとおり「有償」は対価の供与の約束を含み得ると解されており、報酬未受領の一事をもって適用を免れるものではないことが、本件の事実関係からも示唆される。
8 「架空名義口座」を利用した犯罪利用防止措置
改正のもう一つの柱が、いわゆる「架空名義口座」、法律上の名称では「犯罪利用防止措置用口座等」を利用した制度である(第19条の2〜第19条の29)。
警察官は、預貯金取扱事業者、高額電子移転可能型前払式支払手段発行者、資金移動業者、電子決済手段等取引業者、電子決済等取扱業者等及び暗号資産交換業者に対し、当該口座等が警察の措置のために用いられるものであることが相手方その他の者に推知されないよう名義人の表示等について特別の措置を講じた口座等の開設又は設定を求めることができる(第19条の2)。
警察は、その口座情報等を口座売買又は送金犯罪を勧誘する者に提供し、犯行グループによる利用状況を把握するとともに、入金された財産の外部流出を防ぐ(第19条の3)。この際、警察官は、措置を的確に実施するために必要と認められる範囲内において、自己の氏名・身分や当該口座が措置用のものであること等の事実を隠し、又は偽ることができるとされている。必要に応じ、特定事業者に対し、取引に関する情報の提供その他の必要な協力を求めることもできる(第19条の4)。
特別口座に移転された財産は、原則として当該移転を行った者に返還される(第19条の6)。もっとも、返還を受けるべき者が判明しないまま公告の日から6か月を経過するなどして返還請求権が消滅した場合には(第19条の10)、詐欺等の被害者に支給する「特定被害回復給付金」の原資となり(第19条の11以下)、なお残余する金銭は、都道府県が犯罪被害者等のための施策に必要な経費の財源に充てるよう努めるものとされている(第19条の24第3項)。
本措置は、金融機関の役割を、入口審査や事後的な疑わしい取引の届出にとどまらず、犯行インフラの遮断、資金の保全及び被害回復に参加する能動的な担い手へと広げるものと評価できる。ただし、前記のとおり本措置は未施行であり、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行される。改正法のすべてが既に施行されたわけではない点に注意を要する。
9 金融機関に求められる実務対応
送金犯罪では、口座名義人は実在し、取引時確認も完了している場合が少なくない。したがって、口座開設時の本人確認の正確性のみでは足りず、資金移動の目的、経済合理性、取引の速度、入金元と送金先の関係を継続的に検証することが不可欠である。前記事案において、約175万円が同日中に6口座へ37回に分割して送金されたという取引パターンは、シナリオ設計上の具体的な参照事例となる。
⑴ リスク評価への追加――「他人に口座を渡す口座売買」に加え、「本人が口座を保持したまま第三者の指示で送金する行為」を独立のマネー・ローンダリング類型としてリスク評価に組み込む。
⑵ モニタリングシナリオの調整――複数の無関係な第三者からの入金、入金直後の短時間・多頻度・多口座への分割送金、顧客属性や過去の取引規模との不整合、休眠口座・低利用口座の突然の活発化等を組み合わせて評価する(単一のアラートのみによらない複合評価)。
⑶ 顧客照会手順の標準化――「誰から、何の目的で受け取り、誰に、なぜ送るのか」を確認する質問票と、契約書・請求書等の裏付け提出基準を整備する。具体的には、入金者及び送金先との関係、資金移動を行う理由、報酬・手数料の有無と算定根拠、裏付け資料の有無、SNS等を通じて第三者から指示を受けていないか、顧客自身が資金の出所と最終受取人を理解しているかを確認事項とし、説明に合理性がない場合の送金限度額の制限、取引の一時停止、疑わしい取引の届出、警察への相談といった対応をあらかじめ手順化しておく。
⑷ 職員・顧客への注意喚起――「口座を売らなくても、報酬を得て送金するだけで犯罪になり得る」こと、「一回限りでも成立する」こと、「口座を貸すだけでも、より重い譲渡等の罪に当たり得る」ことを明確に周知する。副業募集、SNS広告、簡易な送金代行及び口座レンタルの誘いを重点テーマとする。
⑸ 架空名義口座措置への対応準備――③の施行に備え、警察からの要請の真正性の確認、情報アクセスの限定、システム上の特別処理、取引情報の提供、資金の保全・返還手続等について、法務、AML、不正対策、事務及びシステムの各部門横断で検討に着手する。
金融庁も、基礎的な態勢整備の完了後は、制度や規程が存在することではなく、対策が実際に機能しているかという「有効性検証」へ軸足を移すよう求めている。本改正への対応も、規程の新設で完結させることなく、モニタリングが現実に機能するかの検証まで含めて設計することが求められる。
10 おわりに
本改正は、口座名義人が本人であることと、その取引が正当であることとが全く別の問題であることを、罰則と制度の両面から明確にしたものである。施行直後の全国初摘発は、その帰結を実務の場で可視化したものといえる。
マネー・ローンダリング対策は、「不正名義の口座を探す」段階から、「正しい名義の口座が不正な機能を果たしていないかを見抜く」段階へ移行している。①及び②が既に施行され、③の施行も控える中、各金融機関には、罰則の周知にとどまらない態勢の再設計と、その有効性の検証が求められる。
理解度チェック(○×問題10問)
【問題】次の記述は正しいか(○×)。
| Q1 改正法は令和8年6月10日に公布され、罰則の引上げ及び「送金犯罪」に関する罰則の創設を含め、その全部が令和8年7月10日から施行されている。 Q2 「送金犯罪」は、報酬を受け取る側だけでなく、送金を依頼し、又は広告等により募集した側も処罰の対象となる。 Q3 「送金犯罪」が成立するには、反復継続して送金を行ったことが必要であり、一回限りの実行では処罰されない。 Q4 「有償」といえるためには対価が現実に交付されていることが必要であり、後日報酬を支払う旨の約束にとどまる場合は該当しない。 Q5 食事会の幹事が参加者から会費を集め、店舗に一括して送金する行為は、「正当な理由」がある場合として処罰の対象から除外され得る。 Q6 「特定役務利用財産移転行為」の対象は預貯金口座からの振込みに限られ、暗号資産交換や資金移動サービスを利用した移転は含まれない。 Q7 所有権を移転しない趣旨で通帳やインターネットバンキングの認証情報を一時的に貸与する、いわゆる「口座レンタル」は、送金犯罪より軽い罰則にとどまる。 Q8 実行者については、依頼者に財産移転の目的があることの情を知っていたことが必要であり、その認識の有無は本人の弁解のみによらず客観的事情を総合して判断される。 Q9 「架空名義口座」を利用した犯罪利用防止措置は、令和8年7月10日から既に施行されている。 Q10 令和8年7月の全国初の摘発事案において、事件が発覚した端緒は、金融機関が不審な取引を検知して口座を凍結した旨を本人に連絡したことであった。 |
【解答】Q1×(③「架空名義口座」を利用した措置は未施行である) Q2○ Q3×(反復継続は「業として」による加重の要件であり、一回限りでも基本類型が成立する) Q4×(対価の交付又は利益の供与の約束を含む) Q5○ Q6×(資金移動、高額電子移転可能型前払式支払手段、電子決済手段等取引、電子決済等利用及び暗号資産交換に係る役務も含まれる) Q7×(第26条以下の「交付」「提供」に当たり、法定刑は3年以下の拘禁刑又は500万円以下の罰金と、送金犯罪より重い) Q8○ Q9×(公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行される) Q10○
以 上
[1]犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律(令和8年法律第34号)。関係法令の条文は、警察庁JAFIC「犯罪収益移転防止法 同施行令 同施行規則など」https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/hourei/hotop.htm#houritsu を参照。
[2]警察庁刑事局組織犯罪対策部組織犯罪対策第一課犯罪収益対策室「『送金犯罪』に関する罰則の創設について」(令和8年6月)https://www.npa.go.jp/bureau/sosikihanzai/hansyu/hanshu-20260610_ponti.pdf。以下、構成要件の解釈に関する記述は同資料による。
[3]公布日及び法律番号につき、衆議院「議案審議経過情報――犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律案」https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/keika/1DE2616.htm
[4]本事案の事実関係は、時事通信(令和8年7月21日)、朝日新聞(同日)、沖縄タイムス(同月22日)その他の報道による。本稿執筆時点においては、捜査機関の発表及び報道に基づく容疑段階の情報であり、確定した事実ではない。