
(執筆者:弁護士 石井千晶)
【Q.】
先日、労働安全衛生規則の改正によって職場における熱中症対策が強化されたと聞きました。詳細を教えてください。
【A.】
1.はじめに
職場における熱中症による労働災害は、近年の気候変動の影響によって夏季に気温の高い日が続く中で増加傾向にあります。令和6年における職場での熱中症による死亡者及び休業4日以上の業務上疾病者の数は1,195人と、調査開始以来、最多を記録し、死亡災害も3年連続で30人以上となっています。これら多くの死亡災害は、初期症状の放置や対応の遅れが原因とされています。こうした状況を踏まえ、熱中症の重篤化を防ぐために、事業者に対し熱中症の早期発見および重篤化防止のための体制整備や手順策定を罰則付きで義務付ける新規定(労働安全衛生規則第612条の2)が設けられました。
本稿では、新たに設けられた規定の概要についてご説明いたします。
2.「熱中症を生ずるおそれのある作業」とは
前提として、熱中症対策が義務付けられる「熱中症を生ずるおそれのある作業」とは以下を指します。
○作業環境:WBGT値が28度以上または気温31度以上の環境での作業
○作業時間:連続1時間以上または1日4時間以上の実施が見込まれる作業
WBGT値とは、気温だけでなく、湿度や輻射熱(地面や建物からの照り返しなど)も考慮して計算される指数で、人体が感じる暑さに近いとされています。WBGT基準値を超えると熱中症のリスクが高まります。厚生労働省のホームページ(※)では、WBGT値の測定方法や基準が記載されていますので、WBGT基準値を超える否かを確認しましょう。
※暑さ指数(WBGT)について https://neccyusho.mhlw.go.jp/heat_index/
3.熱中症対策に関する新たな義務内容
今回の改正で、「熱中症を生ずるおそれのある作業」に該当する場合、事業者(事業を行う者で労働者を使用するもの。法人の場合は法人、そうでない場合は代表者)に対し、熱中症の重篤化防止を目的として、以下の点が義務付けられました。
(1)報告体制の整備(第612条の2第1項)
事業者は、「熱中症を生ずるおそれのある作業」を行う際に、①熱中症の自覚症状がある作業者や、②熱中症のおそれがある作業者を見つけた者が、その旨を報告するための体制(連絡先や担当者)を作業場ごとにあらかじめ定めること。
(2)手順等の作成(第612条の2第2項)
事業者は、「熱中症を生ずるおそれのある作業」を行う際に、①作業からの離脱、②身体の冷却、③必要に応じて医師の診察または処置を受けさせること、④事業場における緊急連絡網、緊急搬送先の連絡先及び所在地等の周知など、熱中症の症状の悪化を防止するために必要な措置の内容や実施手順を作業場ごとにあらかじめ定めること。
(3) (1)報告体制および(2)手順等の周知(第612条の2第1項、第2項)
(1)報告体制および(2)手順等を定めた後、それぞれを関係作業者へ周知すること。
周知の方法には、事業場の見やすい箇所への掲示、メールの送付、文書の配布のほか、朝礼における伝達等、口頭によるものもあり、原則いずれでも差し支えありませんが、伝達内容が複雑である場合など口頭だけでは確実に伝わることが担保されない場合や、朝礼に参加しない者がいる場合なども想定されるため、必要に応じて、複数の手段を組み合わせて行うようにしましょう。
4.違反した場合
事業者は、これらの義務に違反した場合、6カ月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科される可能性があります(労働安全衛生法第119条)。
5.最後に
熱中症対策としては、今回ご紹介した新たな規定に基づく体制整備や手順作成、これらの周知に加え、厚生労働省の通達(令和3年4月20日基発0420第3号)に基づき作業管理・健康管理・教育といった措置も求められています。また、熱中症対策を怠り労働災害が生じた場合には、労働安全衛生法上の罰則にとどまらず、民事上の損害賠償責任を問われる可能性もありますので、状況に応じて専門家への相談もご検討ください。