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2018.11.30
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【相続法改正】遺産分割前の預貯金債権の仮払いを認める改正

(執筆者:渡邉雅之

〇連載
【相続法改正】施行日政令・預貯金の仮払いの限度額
【相続法改正】相続法改正の経緯と概要
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【相続法改正】長期間婚姻している夫婦間での居住用建物の贈与に関する改正
【相続法改正】遺産分割前の預貯金債権の仮払いを認める改正

   今回は、「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」(平成30年法律第72号)において定められる遺産分割前の預貯金債権の仮払いを認める改正について説明いたします。

Q1.最高裁判例により、現行法では、奥様が遺産相続が終わるまでの生活費に困ったり、葬儀費用が出せなくなったりと問題があったようですね。
 
A 従前の判例では、預貯金債権のような可分債権については、相続開始と同時に当然に各共同相続人に分割され、遺産分割の対象とはならず、各共同相続人は分割により自己に帰属した債権を単独で行使することができるものと解されていました。このため、各相続人は、法定相続分に応じた払戻しを請求することができると考えられていました。
   しかしながら、平成28年12月28日の最高裁大法廷決定において、預貯金債権が遺産分割の対象に含まれると判断されたため、遺産分割までの間は、共同相続人全員が共同して行使しなければならず、配偶者等の一部の相続人が当面の生活費や葬儀費用に充てるため、一部払い戻すことは認められないと考えられるようになりました。
  すなわち、平成28年12月28日以降では、預貯金があるにも関わらず奥様の生活費が足りなくなったり葬儀費用が払えなくなったりする事例が起こり得る状況となってしまったのです。

1.預貯金債権は遺産分割の対象とならないとする見解(従前の判例の考え方)
 従前は「預貯金債権」のような「可分債権」の相続について、相続開始と同時に当然に相続分で分割相続されると判示した最高裁判例(最高裁平成16年4月20日第三小法廷判決)があり、この判例の下では、可分債権である預貯金債権についても、同じく相続開始と同時に当然に相続分で分割相続されるものと解釈されていました。
    したがって預貯金債権は原則として遺産分割の対象にはならず、相続人は、預貯金債権を除いた相続財産について遺産分割を行うものと考えられていました。
 このため、各相続人は、法定相続分に応じた払戻しを請求することができるので、法定相続分の範囲内で配偶者等の相続人が、当面の生活費や葬儀費用の払戻しをすることができると考えられていました。
 
2.預貯金債権は遺産分割の対象となるとする見解(平成28年12月19日最高裁大法廷決定)
 しかしながら、平成28年12月19日最高裁大法廷決定では、「共同相続された普通預金債権、通常貯金債権および定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である」とされました。
 最高裁判例が預貯金債権を遺産分割の対象としたのは以下の理由によります。
①共同相続人間の実質的公平
遺産分割の仕組みは、共同相続人間の実質的公平を図ることを旨とするものであることから、遺産分割においては被相続人の財産をできる限り幅広く対象とすることが望ましい。
②預貯金の現金類似性
 預貯金は、預金者においても、確実かつ簡易に換価することができるという点で現金との差をそれほど意識させない財産であると受け止められている。
③預貯金契約の性質
 (普通預金および通常貯金について)普通預金契約および通常貯金契約は、口座に入金が行われるたびにその額についての消費寄託契約が成立するが、その結果発生した預貯金債権は、口座の既存の預貯金債権と合算され、1個の預貯金債権として扱われる。このように普通預金債権および通常貯金債権は、いずれも、1個の債権として同一性を保持しながら、常にその残高が変動し得るものである。預金者が死亡した場合にも、預貯金契約上の地位を準共有する共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り、同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものとして存在し、各共同相続人に確定額の債権として分割されることはない。
 
    この最高裁決定において、預貯金債権が遺産分割の対象に含まれると判断されたため、遺産分割までの間は、共同相続人全員が共同して行使しなければならず、配偶者等の一部の相続人が当面の生活費や葬儀費用に充てるため、一部払い戻すことは認められないと考えられるようになりました。
 
3.金融機関の実務への影響
 上記1の預貯金債権は遺産分割の対象とならないとする従前の判例の考え方の下においても、金融機関は共同相続人全員の同意がなければ、預貯金の払戻しに応じないという実務上の対応を取っていました。
 これは、金融機関が法定相続分に応じて預貯金の払戻しを行った後に、それと異なる内容の遺言が発見され、既に行われた預貯金の払戻しが無効となった場合(金融機関側に過失があるとされて債権の準占有者への弁済とも認められなかった場合)には、再度遺言に基づいた払戻しに応じなければならなくなるという、二重払いのリスクを回避するためでした。
 もっとも、金融機関の中には、葬儀費用等の緊急性の高いものについては、葬儀社から提示された葬儀見積書などを提出することにより、例外的に一部預貯金の払い戻しを認める金融機関もありました。
 しかしながら、平成28年12月19日の最高裁決定により、預貯金債権が遺産分割の対象となったことから、共同相続人全員の同意がなければこのような例外的な取扱いも困難になりました。

Q2. 預貯金から葬儀費用や配偶者の当面の生活費用を共同相続人全員の同意なく仮払いをするために、家事事件手続法上の保全処分を利用できませんか?
 
A 現行の家事事件手続法上の仮処分による仮払いは、「急迫の危険を防止」する必要がある場合に限定されており、ほとんど利用されていません。しかし、預貯金債権の仮払いの保全処分については「申立の必要性」がある場合に緩和されるため、利用が進む可能性があります。

1.家事事件手続法上の保全処分の利用の限界
 Q1のとおり平成28年12月19日最高裁大法廷決定により、必要な葬儀費用等が預貯金から払い戻せないという不都合が生じるおそれがあるとわかります。
 預貯金債権が遺産分割の対象とされたため、共同相続人において被相続人が負っていた債務の弁済をする必要がある、あるいは、被相続人から扶養を受けていた共同相続人(配偶者等)の当面の生活費を支出する必要があるなどの事情により被相続人が有していた預貯金を遺産分割前に払い戻す必要があるにもかかわらず、共同相続人全員の同意を得ることができない場合に払い戻すことができないという不都合が生ずるおそれがあることになりました。
 そのため家事事件手続法200条2項の仮分割の仮処分を活用することが考えられます。これにより共同相続人間の実質的な公平を確保しつつ、個別的な権利行使の必要性に対応できると思われます。しかし同仮処分は共同相続人の「急迫の危険を防止」する必要がある場合に仮処分ができるとされており、その文言上、厳格な要件を課しています。
   すなわち、立法により預貯金債権の仮分割に限り、一定の要件の下でこの要件を緩和することが求められました。
 
2.家事事件手続法上の保全処分の要件の緩和
    改正法では、以下のように保全処分の要件が緩和されました。
    家庭裁判所は、
①遺産の分割の審判または調停の申立てがあった場合において
②相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を当該申立てをした者または相手方が行使する必要があると認めるときは、 
③その申立てにより、                       
④遺産に属する特定の預貯金債権の全部または一部をその者に仮に取得させることができることになります(家事事件手続法200条3項(新設))。
 
   改正のポイントは、「②相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を当該申立てをした者または相手方が行使する必要があると認めるとき」です。現行法の202条2項の「共同相続人の「急迫の危険を防止」する必要がある場合」から緩和されています。これは、仮処分の必要性の判断を家庭裁判所の裁量に委ねる趣旨です。
    また、「④遺産に属する特定の預貯金債権の全部または一部をその者に仮に取得させることができる」とされているのは、民事事件における保全と本案訴訟の関係と同様、原則として仮分割が認められて申立人に預貯金の一部が給付されても、本分割においてはそれを考慮すべきではなく、あらためて仮分割された預貯金債券を含めて審判をすべきものとしたものです。
 なお、他の共同相続人の利益を害する場合には、上記の保全処分による仮払いは認められません。
 
3.施行期日
本制度の施行日は、2019年7月1日です。
 
4.金融機関の実務への影響
 本改正によって、預貯金債権の仮払いが進む可能性があるため、相続人の一部から葬儀費用や当面の生活費用等の払戻しの請求を受けた金融機関は、仮処分の決定がある場合は、その内容を確認した上で、それに基づいて払い戻しをすればよいことになります。

Q2. 家庭裁判所の判断を経ないで、配偶者である妻が亡くなった夫の預貯金から葬儀費用や当面の生活費を払い戻す方策はありませんか?
A 遺産に属する預貯金債権のうち、一定額については、各相続人が単独で金融機関の窓口で払戻しが認められます。

1.家庭裁判所の判断を経ないで預貯金の一部の払戻しを認める必要性
 Q2で説明した、家事事件手続法の保全処分の要件の緩和(家事事件手続法200条3項)は同法200条2項の要件を緩和し、一定の要件の下で預貯金債権の仮払いを認めるものです。しかし要件が緩和されたとはいえ裁判所が介入するなら、相続人にとっては大きな負担です。そのため一定の上限を設けた上で、裁判所の判断を経ることなく、金融機関の窓口において預貯金の払戻しを受けることができる制度を設ける要請があり、それが909条の2に規定される遺産の分割前における預貯金債権の行使です。
 遺産の分割前における預貯金債権の行使を利用すれば、各共同相続人が、裁判所の判断を経ることなく金融機関の窓口において、遺産に含まれる預貯金払い戻せます。
 
2.家庭裁判所の判断を経ずに払戻しが得られる制度の創設
 各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に当該共同相続人の法定相続分を乗じた額金融機関ごとに150万円を限度とする)については、単独でその権利を行使できます。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなされます(改正909条の2、民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額を定める省令」)。
 
【計算式】
単独で払戻しをすることができる額=(相続開始時の預貯金債権の額)×(3分の1)×(当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分)
 
 「相続開始の時の債権額の3分の1に当該共同相続人の法定相続分を乗じた額」とされたのは、最高裁平成28年12月19日決定による預貯金を遺産分割の対象とする要請に配慮しつつ、葬式費用等の資金需要や高齢世帯の貯蓄状況等を勘案したものです。
 具体例として「標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用」が挙げられていますが、社会情勢による変動に鑑み、「預貯金債権の債務者」(すなわち金融機関)ごとに「150万円」を限度とすることとされています(「民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額を定める省令」)。
 
3.施行期日・経過規定
 本制度の施行日は、2019年7月1日です。施行日前に開始した相続に関し、施行日以後に預貯金債権が行使されるときにも、適用されます。
 
4.金融機関の実務上の対応
 相続があった場合に、預貯金債権について、相続開始の時の債権額の3分の1に当該共同相続人の法定相続分を乗じた額(金融機関ごとに150万円を限度)については、家庭裁判所の保全処分を経ずに払戻しが認められることになるため、金融機関としては、葬儀費用や当面の生活費用、相続債務の支払のために、共同相続人全員の同意がなくても払戻しに応じ易くなります。金融機関としては、「相続開始時の預貯金債権の額」と法定相続分の確認が必要です。